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  <title>原宿カウンセリングセンター所長　信田さよ子のウェブログ</title>
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  <modified>2012-02-03T16:03:08Z</modified>
  <tagline>カウンセラーとしての日々の仕事から解放され、信田さよ子が自由に深夜の想念を綴るMidnight Blog</tagline>
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  <copyright>Copyright (c) 2012, sayoko</copyright>
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    <title>「ALWAYS三丁目の夕日‘６４」は喪失の映画である。</title>
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    <modified>2012-02-03T16:03:08Z</modified>
    <issued>2012-02-04T01:03:08+09:00</issued>
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    <created>2012-02-03T16:03:08Z</created>
    <summary type="text/plain">風邪で超体調が悪いためいろいろ不義理を働いてしまった皆様すみません。 薬を飲んでたっぷり眠る、これが回復のための王道だろう。が、私は近場の映画館に出かけ（もちろん着ぶくれ状態で）、エンタテイメント系の映画のロードショーをガラガラの観客席に座って、熱くて甘いココア（自販機で買う）をすすりながら見ることにしている。 というわけでM.I(ミッションインポシブル）にしようか迷ったが、結果的には「ALWAYS三丁目の夕日‘６４」(山崎貴監督）を観た。このシリーズを映画館で見るのは最初だったが、薬のせいかぼんやりした頭だったがすっかり見入ってしまい楽しんだ。心なしか体調も少しよくなったみたいだ。エンタテイメント系の映画で満足する作品は意外と少ない。アバター、タイタニック、スターウォーズとやはりハリウッド系になってしまう。本作品はその点でも評価できる。 場所柄もあるだろうが周囲は高齢者と下校途中の高校生ばかり。途中からは鼻をすする音が聞こえ、感動力満点。そうそう、３Dだったので、画面迫力も満点。東京タワーの尖塔が客席まで突っ込みそうに見えるのだった。 しかし、これは「喪失の映画」である。すべてが失われてしまったことの確認を強いる映画という意味だ。 ノスタルジー、絆再確認の感動巨編などというものではない。1964年、東京オリンピック開催、新幹線開通といった日本の存在を世界に知らしめようとする数々の達成を成し遂げたあのエネルギーは、もうない。 断っておくが、喪失とは、山の頂上に上り詰め、はるか来し方を眺めつつここに至るまでに失われてしまったものへの惜別の情に襲われる、ということを意味しているわけではない。たしかに私たちは山の頂上（それがどこなのか、何を意味するのかは別として）に上り詰めたと思っていた。追いつけ追い越せとひたすら頑張り続けた成果を手にしたと思っていた。 あこがれのヨーロッパに旅すれば、日本企業名を冠した電飾宣伝を目にし「ああ、日本は先進国の仲間入りをした」と深い満足感を得た。 映画でも、堤真一ふんする自動車修理の街工場主が、特別のお祝いにと「ウイスキーをもってこい」というのだ。あのころ、どんな田舎の家にもスコッチウイスキーの瓶が飾ってあったものだ。特別な日にちびちびと飲むことが最高の贅沢だったことを思い出した。 のぼりつめたかどうかわからないうちに、この国は下り坂をゆっくりとたどろうとしている。男女平等政策達成度はおそろしく世界でも低いが、経済力からすれば間違いなく「大国」と呼ばれるほどに到達したことは確かだろう。震災後の日本を見るたびにその感を強くする。 頂きらしきところにいたのだが、ずるずると下っている。下りながらそのことをどうとらえていいのかわからない。その感覚だけが日本社会を覆っている。その不安、あきらめ、困惑の中で、あの64年を見るのだ。 映画の中の中卒の集団就職者たちの置かれた状況は、今の就職難の大学生よりはるかに過酷である。しかし、「全力でしあわせにします」というプロポーズ、「不幸にしたらただじゃおかない」というベタな言葉、そしてしょっちゅう登場する拳骨（今なら虐待だ）。疑いもなく存在した拘束、愛、ロマンチックラブ、そして未来。 すべてが確かで堅固であり、だからこそ生まれる苦しみや葛藤が描かれる。 下り坂をたどりながら、同じ坂道を汗をかきながらのぼっているひとたちの「疑いのなさ」を、映画の画面越しに、私たちははるか遠くにあるもののように見る。そして、それらをすべて失ってしまったことを突きつけられるのだ。 たしかに感動的であり、寅さんシリーズに見られるようなお約束事に満ちた良質の映画だ。何より出演者が豪華であり、それぞれの持ち味が生かされてひとつの交響曲のようなふくらみを感じる。 しかし、私に残されたのは深い喪失感だった。 首都直下型地震の不安、放射能、そして日本経済の低迷。ひそかに首都圏を脱出したひともいる中で、映画の最終場面は、だからこそこの上なく輝いている。 荒川の土手から東京タワーの向こうに沈む夕日を見る堤真一と薬師丸夫妻、吉岡隆秀と小雪夫妻が夕日町の商店街越しに見る夕日。それらの瞳に宿る「希望」の片りんを私たちが取り戻す時は来るのだろうか。 最高気温が5度を下回る立春（節分）の夜、映画を観ながら流した涙の跡と、胸に突き刺さったかすかな喪失の痛みを抱えながら帰途についた。 少し体調がよくなったのは、久々に感動できる映画に出会えたせいだろうか。...</summary>
    <author>
      <name>sayoko</name>
      
      <email>ugp35311@nifty.com</email>
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    <dc:subject>映画</dc:subject>
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      <![CDATA[<p>風邪で超体調が悪いためいろいろ不義理を働いてしまった皆様すみません。</p>

<p>薬を飲んでたっぷり眠る、これが回復のための王道だろう。が、私は近場の映画館に出かけ（もちろん着ぶくれ状態で）、エンタテイメント系の映画のロードショーをガラガラの観客席に座って、熱くて甘いココア（自販機で買う）をすすりながら見ることにしている。<br />
というわけでM.I(ミッションインポシブル）にしようか迷ったが、結果的には「ALWAYS三丁目の夕日‘６４」(山崎貴監督）を観た。このシリーズを映画館で見るのは最初だったが、薬のせいかぼんやりした頭だったがすっかり見入ってしまい楽しんだ。心なしか体調も少しよくなったみたいだ。エンタテイメント系の映画で満足する作品は意外と少ない。アバター、タイタニック、スターウォーズとやはりハリウッド系になってしまう。本作品はその点でも評価できる。</p>

<p>場所柄もあるだろうが周囲は高齢者と下校途中の高校生ばかり。途中からは鼻をすする音が聞こえ、感動力満点。そうそう、３Dだったので、画面迫力も満点。東京タワーの尖塔が客席まで突っ込みそうに見えるのだった。</p>

<p>しかし、これは「喪失の映画」である。すべてが失われてしまったことの確認を強いる映画という意味だ。<br />
ノスタルジー、絆再確認の感動巨編などというものではない。1964年、東京オリンピック開催、新幹線開通といった日本の存在を世界に知らしめようとする数々の達成を成し遂げたあのエネルギーは、もうない。<br />
断っておくが、喪失とは、山の頂上に上り詰め、はるか来し方を眺めつつここに至るまでに失われてしまったものへの惜別の情に襲われる、ということを意味しているわけではない。たしかに私たちは山の頂上（それがどこなのか、何を意味するのかは別として）に上り詰めたと思っていた。追いつけ追い越せとひたすら頑張り続けた成果を手にしたと思っていた。<br />
あこがれのヨーロッパに旅すれば、日本企業名を冠した電飾宣伝を目にし「ああ、日本は先進国の仲間入りをした」と深い満足感を得た。<br />
映画でも、堤真一ふんする自動車修理の街工場主が、特別のお祝いにと「ウイスキーをもってこい」というのだ。あのころ、どんな田舎の家にもスコッチウイスキーの瓶が飾ってあったものだ。特別な日にちびちびと飲むことが最高の贅沢だったことを思い出した。</p>

<p>のぼりつめたかどうかわからないうちに、この国は下り坂をゆっくりとたどろうとしている。男女平等政策達成度はおそろしく世界でも低いが、経済力からすれば間違いなく「大国」と呼ばれるほどに到達したことは確かだろう。震災後の日本を見るたびにその感を強くする。<br />
頂きらしきところにいたのだが、ずるずると下っている。下りながらそのことをどうとらえていいのかわからない。その感覚だけが日本社会を覆っている。その不安、あきらめ、困惑の中で、あの64年を見るのだ。<br />
映画の中の中卒の集団就職者たちの置かれた状況は、今の就職難の大学生よりはるかに過酷である。しかし、「全力でしあわせにします」というプロポーズ、「不幸にしたらただじゃおかない」というベタな言葉、そしてしょっちゅう登場する拳骨（今なら虐待だ）。疑いもなく存在した拘束、愛、ロマンチックラブ、そして未来。<br />
すべてが確かで堅固であり、だからこそ生まれる苦しみや葛藤が描かれる。<br />
下り坂をたどりながら、同じ坂道を汗をかきながらのぼっているひとたちの「疑いのなさ」を、映画の画面越しに、私たちははるか遠くにあるもののように見る。そして、それらをすべて失ってしまったことを突きつけられるのだ。<br />
たしかに感動的であり、寅さんシリーズに見られるようなお約束事に満ちた良質の映画だ。何より出演者が豪華であり、それぞれの持ち味が生かされてひとつの交響曲のようなふくらみを感じる。<br />
しかし、私に残されたのは深い喪失感だった。<br />
首都直下型地震の不安、放射能、そして日本経済の低迷。ひそかに首都圏を脱出したひともいる中で、映画の最終場面は、だからこそこの上なく輝いている。<br />
荒川の土手から東京タワーの向こうに沈む夕日を見る堤真一と薬師丸夫妻、吉岡隆秀と小雪夫妻が夕日町の商店街越しに見る夕日。それらの瞳に宿る「希望」の片りんを私たちが取り戻す時は来るのだろうか。</p>

<p>最高気温が5度を下回る立春（節分）の夜、映画を観ながら流した涙の跡と、胸に突き刺さったかすかな喪失の痛みを抱えながら帰途についた。<br />
少し体調がよくなったのは、久々に感動できる映画に出会えたせいだろうか。</p>]]>
      
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    <title>長期予報どおりの厳冬</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.hcc-web.co.jp/blog/archives/000884.html" />
    <modified>2012-01-25T18:14:20Z</modified>
    <issued>2012-01-26T03:14:20+09:00</issued>
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    <created>2012-01-25T18:14:20Z</created>
    <summary type="text/plain">いやあ、ほんとうにさぼってしまいました。更新を期待して訪れてくださっていたみなさん、すみませんでした。 理由はとにかく寒いから、頭が回らないので、だらだらお気に入りの某ブログに入りびたり、２チャンにも顔出したりしていたせいでしょう。溜まった原稿も書きあげたと思っていたら、もう次の原稿締切が過ぎていることに気づくという自転車操業状態は相変わらずです。 幸い風邪を引かないでいられるのは、ひとえに厚着のせいだ。とにかくヒートテックを重ね着し、バンバン暖房と床暖房を入れて「省エネ」からほど遠い生活に徹している。 それに根を詰めて夜明けの三時まで起きている生活から足を洗おうと努力しているせいかも。ひと呼んで「三時のあなた」（古っ！）状態が続いていた。さすがに夜明けまでっていうのはないけど、四時くらいに寝付く生活を〇〇歳になっても続けるというのは自殺行為だと思うようになった。 昨年読売新聞の女性記者から話を聞いて「ええっ、本邦初の調査じゃないの？」と思っていた報告書を送ってもらった。 「性的虐待経験者が性産業で働く理由とその実態調査」である。北九州のNPO法人「女性ヘルプネットワーク」（代表野口真理子さん）が発行したものである。 誰もがありうると思っていながら、実証的調査をしてこなかった。それを実施しまとめたのだからすごい。今一生懸命読んでいるところだが、女性がインタビューしているところが重要だ。 いろいろな研究者(多くは男性）が風俗など性産業従事者をインタビューしてまとめたものがあるが、客の延長上としてとらえられているのと、同性のインタビュワーとは違ってくるだろう。 そういう研究もあっていいと思う。つまり彼女たちは、相手によってけっこう話す内容を選んでいるような気がするからだ。 「AV女優」永沢光雄(文春文庫、１９９９）も良書だった。彼は２００６に亡くなったけれど。 今回の報告書は純然たる調査で、ファイザー製薬の助成金を得て作成されたものだ。 今週の土曜日は広島でOCDの会(OCD=強迫性障害）の第８回市民フォーラムで講演、その後原井先生と対談の予定。なんとか雪は降らないようだが、広島まで飛行機で往復というのはなかなかきつい。私は現場の人間だと思っているが、どうにも「技法」「方法論」には興味がもてないところがある。技術というものに対して傲慢なのかもしれないと思うが。 こころのどこかに、基本的考え・根拠の言語化さえあれば、方法なんてどれだけでも導き出されるという考えがあるのだろう。 技法＝伝達可能な知であるならば、私は伝達にそれほど情熱をもっていないということか。むしろセリフ作成、そのとおりに語ってもらうという方法論をとっているのかもしれない。 「あなたの悩みにお答えしましょう」（「一冊の本」朝日新聞出版）の連載もあと一回で終了となるが、そこでもしばしば私は「このような言葉づかいで伝えてみましょう」といった提案をしている。 また時には「形から入りましょう」「身振りから変えましょう」といった提案もしている。一見支離滅裂みたいだけれど、カウンセリングの現場では全部が調和を保っている。 当日どんな話になるか見ものだが、私にとってOCDは専門ではないという自覚があるので、勉強するつもりで出かけて行こう。 昨年末、長期予報は「この冬は寒さが厳しい」と伝えていた。いつもそういいながら、な～んだやっぱり暖冬じゃん、地球温暖化の勢いは止まらない、と慨嘆するのが常だったけど、今年はそうではない。 とにかく寒いのだ、おまけにまだ１月！これから寒さの本番だというのに。 インフルエンザも蔓延している。なんとか今年の冬も乗り切りたい。...</summary>
    <author>
      <name>sayoko</name>
      
      <email>ugp35311@nifty.com</email>
    </author>
    <dc:subject>日常雑感</dc:subject>
    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.hcc-web.co.jp/blog/">
      <![CDATA[<p>いやあ、ほんとうにさぼってしまいました。更新を期待して訪れてくださっていたみなさん、すみませんでした。<br />
理由はとにかく寒いから、頭が回らないので、だらだらお気に入りの某ブログに入りびたり、２チャンにも顔出したりしていたせいでしょう。溜まった原稿も書きあげたと思っていたら、もう次の原稿締切が過ぎていることに気づくという自転車操業状態は相変わらずです。</p>

<p>幸い風邪を引かないでいられるのは、ひとえに厚着のせいだ。とにかくヒートテックを重ね着し、バンバン暖房と床暖房を入れて「省エネ」からほど遠い生活に徹している。<br />
それに根を詰めて夜明けの三時まで起きている生活から足を洗おうと努力しているせいかも。ひと呼んで「三時のあなた」（古っ！）状態が続いていた。さすがに夜明けまでっていうのはないけど、四時くらいに寝付く生活を〇〇歳になっても続けるというのは自殺行為だと思うようになった。</p>

<p>昨年読売新聞の女性記者から話を聞いて「ええっ、本邦初の調査じゃないの？」と思っていた報告書を送ってもらった。<br />
「性的虐待経験者が性産業で働く理由とその実態調査」である。北九州のNPO法人「女性ヘルプネットワーク」（代表野口真理子さん）が発行したものである。<br />
誰もがありうると思っていながら、実証的調査をしてこなかった。それを実施しまとめたのだからすごい。今一生懸命読んでいるところだが、女性がインタビューしているところが重要だ。<br />
いろいろな研究者(多くは男性）が風俗など性産業従事者をインタビューしてまとめたものがあるが、客の延長上としてとらえられているのと、同性のインタビュワーとは違ってくるだろう。<br />
そういう研究もあっていいと思う。つまり彼女たちは、相手によってけっこう話す内容を選んでいるような気がするからだ。<br />
「AV女優」永沢光雄(文春文庫、１９９９）も良書だった。彼は２００６に亡くなったけれど。<br />
今回の報告書は純然たる調査で、ファイザー製薬の助成金を得て作成されたものだ。</p>

<p>今週の土曜日は広島でOCDの会(OCD=強迫性障害）の第８回市民フォーラムで講演、その後原井先生と対談の予定。なんとか雪は降らないようだが、広島まで飛行機で往復というのはなかなかきつい。私は現場の人間だと思っているが、どうにも「技法」「方法論」には興味がもてないところがある。技術というものに対して傲慢なのかもしれないと思うが。<br />
こころのどこかに、基本的考え・根拠の言語化さえあれば、方法なんてどれだけでも導き出されるという考えがあるのだろう。<br />
技法＝伝達可能な知であるならば、私は伝達にそれほど情熱をもっていないということか。むしろセリフ作成、そのとおりに語ってもらうという方法論をとっているのかもしれない。<br />
「あなたの悩みにお答えしましょう」（「一冊の本」朝日新聞出版）の連載もあと一回で終了となるが、そこでもしばしば私は「このような言葉づかいで伝えてみましょう」といった提案をしている。</p>

<p>また時には「形から入りましょう」「身振りから変えましょう」といった提案もしている。一見支離滅裂みたいだけれど、カウンセリングの現場では全部が調和を保っている。<br />
当日どんな話になるか見ものだが、私にとってOCDは専門ではないという自覚があるので、勉強するつもりで出かけて行こう。</p>

<p>昨年末、長期予報は「この冬は寒さが厳しい」と伝えていた。いつもそういいながら、な～んだやっぱり暖冬じゃん、地球温暖化の勢いは止まらない、と慨嘆するのが常だったけど、今年はそうではない。<br />
とにかく寒いのだ、おまけにまだ１月！これから寒さの本番だというのに。</p>

<p>インフルエンザも蔓延している。なんとか今年の冬も乗り切りたい。<br />
</p>]]>
      
    </content>
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    <title>遅ればせながら明けましておめでとうございます。</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.hcc-web.co.jp/blog/archives/000883.html" />
    <modified>2012-01-04T12:39:17Z</modified>
    <issued>2012-01-04T21:39:17+09:00</issued>
    <id>tag:www.hcc-web.co.jp,2012:/blog//2.883</id>
    <created>2012-01-04T12:39:17Z</created>
    <summary type="text/plain">今日から仕事開始の方も多いと思いますが、HCCは6日からとなります。 遅ればせながら昨年はお世話になりました。新しい年もよろしくお願いいたします。 大晦日の読売新聞の社説「編集手帳」の一文が心に残った、 ・・・・＜われわれは後ろ向きに未来へ入ってゆく〉。あたかも行く手に背を向けてボートを漕こぐように。・・・・ 詩人のポール・バレリーからの引用である。 続けて・・・人が見ることのできる景色は過去と現在だけである。あの日、あの朝、すぐ後ろに何が待っているか、誰も知らなかった◆忘れたいものと、忘れてはいけないものと、心に重い船荷を載せた今年の航海も、じきに終わる。・・・・ とあった。 今年初のブログであるが、この文章のような気持ちで新年を迎えたことをお伝えしたくて引用させてもらった。それにしてもこのところの読売新聞の社説、なかなか心打つものがある。残念ながら購読していないのだが、ひょっとしてA新聞の社説の上を行くのかも、とすら思う。 この年齢になってから、今年新たな出版企画、執筆予定があることを幸いと思う。 年内に少なくとも3冊の本が出版される予定だ。これから書くというわけでなく、これまで一生懸命書き溜めてきたもの、連載してきたものがまとまるのである。 また書店での企画もあり、忙しくなりそうだ。昨年の手帳・日記を整理しながら、こんなハードな日々を過ごしてきたのだと改めてため息が出る。週休2日などは夢のまた夢、丸一日空いている日が時々あるくらいだった。 しかしそれも幸いと思いたい。なぜなら放っておくと私は果てしなくミーハーの道に邁進してしまうこと間違いないからだ。 昨年の秋からずっと某韓流ドラマにハマり、深夜はネットで検索したりDVDを見たりしてかなり時間を費やしてしまった。あろうことか、遅まきながらJYJと分離後の東方神起にもハマり、紅白はかぶりつき、「Why」などは何度見たことだろう。箱根駅伝では柏原くんにかぶりつき、これまたYoutubeで連続視聴するありさま。 誰に言っても「またか」「あ～あ」とうんざりされることがわかっているので、人前では口にチャックをしている（ブログでカムアウトしたらおじゃんだろう！）。 でも「好きこそものの上手なれ」だから、いずれこのミーハー魂を全開させて結晶化させたいといった欲深なことを考えている。というわけで本当に忙しいのだ。あれもこれも、スポーツ紙も読まなきゃならないし、佑ちゃんを慰めなきゃならないし。 要はもともとアディクティヴな体質を再確認させられたのかもしれない。同時並行的嗜癖対象分散化によって危険を免れてきただけなのだ。コツは我慢せずにあるところまでとことんハマることだ。そうするとうまい具合に抜けることができる。少なくとも私の場合は。 こんなのんきなことを書いていられるのも今のうちだろう。もうすぐ地獄の締切が次々とやってくる。 皆様、本年もよろしくお願いします。...</summary>
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      <name>sayoko</name>
      
      <email>ugp35311@nifty.com</email>
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    <dc:subject>日常雑感</dc:subject>
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      <![CDATA[<p>今日から仕事開始の方も多いと思いますが、HCCは6日からとなります。<br />
遅ればせながら昨年はお世話になりました。新しい年もよろしくお願いいたします。</p>

<p>大晦日の読売新聞の社説「編集手帳」の一文が心に残った、<br />
・・・・＜われわれは後ろ向きに未来へ入ってゆく〉。あたかも行く手に背を向けてボートを漕こぐように。・・・・<br />
詩人のポール・バレリーからの引用である。<br />
続けて・・・人が見ることのできる景色は過去と現在だけである。あの日、あの朝、すぐ後ろに何が待っているか、誰も知らなかった◆忘れたいものと、忘れてはいけないものと、心に重い船荷を載せた今年の航海も、じきに終わる。・・・・<br />
とあった。<br />
今年初のブログであるが、この文章のような気持ちで新年を迎えたことをお伝えしたくて引用させてもらった。それにしてもこのところの読売新聞の社説、なかなか心打つものがある。残念ながら購読していないのだが、ひょっとしてA新聞の社説の上を行くのかも、とすら思う。</p>

<p>この年齢になってから、今年新たな出版企画、執筆予定があることを幸いと思う。<br />
年内に少なくとも3冊の本が出版される予定だ。これから書くというわけでなく、これまで一生懸命書き溜めてきたもの、連載してきたものがまとまるのである。<br />
また書店での企画もあり、忙しくなりそうだ。昨年の手帳・日記を整理しながら、こんなハードな日々を過ごしてきたのだと改めてため息が出る。週休2日などは夢のまた夢、丸一日空いている日が時々あるくらいだった。<br />
しかしそれも幸いと思いたい。なぜなら放っておくと私は果てしなくミーハーの道に邁進してしまうこと間違いないからだ。</p>

<p>昨年の秋からずっと某韓流ドラマにハマり、深夜はネットで検索したりDVDを見たりしてかなり時間を費やしてしまった。あろうことか、遅まきながらJYJと分離後の東方神起にもハマり、紅白はかぶりつき、「Why」などは何度見たことだろう。箱根駅伝では柏原くんにかぶりつき、これまたYoutubeで連続視聴するありさま。<br />
誰に言っても「またか」「あ～あ」とうんざりされることがわかっているので、人前では口にチャックをしている（ブログでカムアウトしたらおじゃんだろう！）。<br />
でも「好きこそものの上手なれ」だから、いずれこのミーハー魂を全開させて結晶化させたいといった欲深なことを考えている。というわけで本当に忙しいのだ。あれもこれも、スポーツ紙も読まなきゃならないし、佑ちゃんを慰めなきゃならないし。<br />
要はもともとアディクティヴな体質を再確認させられたのかもしれない。同時並行的嗜癖対象分散化によって危険を免れてきただけなのだ。コツは我慢せずにあるところまでとことんハマることだ。そうするとうまい具合に抜けることができる。少なくとも私の場合は。</p>

<p>こんなのんきなことを書いていられるのも今のうちだろう。もうすぐ地獄の締切が次々とやってくる。<br />
皆様、本年もよろしくお願いします。</p>]]>
      
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    <title>「よいお年をお迎えください」という季節になった。</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.hcc-web.co.jp/blog/archives/000882.html" />
    <modified>2011-12-16T17:40:44Z</modified>
    <issued>2011-12-17T02:40:44+09:00</issued>
    <id>tag:www.hcc-web.co.jp,2011:/blog//2.882</id>
    <created>2011-12-16T17:40:44Z</created>
    <summary type="text/plain">今年一番の寒さが到来している。１２月から手袋の登場というのも珍しい。 カウンセリングが終わってクライエントと別れるとき、いつもは「お疲れ様でした、また次回に」などと言っておじぎをするのだが、１２月に入ると今年最後のカウンセリングというクライエントが増える。 「では来年に」などと言って別れるのはあまりに失礼だ。 たいていは「よいお年を」「よいお年をお迎えください」と言ってお別れすることになる。クライエントのほうからも「先生もよいお年を」と声を掛けられ、二秒間くらい目を見つめあう。そして、エレベーターに消えるまで姿を見送るとき、こころから来年がそのひとにとってより良い年になることを祈るのだ。 私とクライエントとの関係は、いつかは終わることになる。それは早いほうがいいに越したことはない。問題が解決する、苦しみが減る、困っていたことがなくなる・・・そして「カウンセリングは卒業してもいいかなって思ったんです」と言えるようになる。 どこかそれはさみしいことではあるが、私の自分勝手な思いである。 「次回の予約はとらないで帰ります」と言われたとき、それは喜ぶべきことなのだ。「べき」ではあるが、正直お別れするのはさみしいことでもある。 今年は「よいお年を」と言いつつ、特別な感慨がある。 正直来年が来るという気がしない。言い換えれば今年が終わる気がしないのだ。 3.11の衝撃をいまだ受け止められないでいる自分に気づき、驚かされる。 「もともとやさぐれていた街ですが、やっとこのごろ街がやさぐれて、荒んできたので安心してるんです。もともとそういう街だったんです。マスコミのひとたちもいなくなったし・・・」 そう言ったひとがいる。 「震災の直後、街のひとはみんないい人になってしまって怖かったんです。死に直面するとみんないい人になっちゃいますから」・・・・・・ 災害のあと、生き残った家族の会話は限られた話題しかあつかえない。亡くなった子供、夫のことはタブーになる。危険なテーマをよけて日常会話をするうちに、だんだん話題は限られてくる。 タブー、地雷が家族のいたるところによこたわっている。時が止まるという表現があるが、正確ではないだろう。衝撃の痕跡に触れることもできず、なすすべもなく放置しているだけなのだ。 3月11日のままのカレンダーの前で、家族がカップめんをすすりながらなでしこジャパンの澤選手の話をしている光景・ 時間が複層的に過ぎていく。それに伴い、トラウマティックで不可触な話題をタブーとした会話と、その裏側で繰り返し語られなければならないあの時の記憶の乖離が生まれる。 やはり今年は終わらないような気がしてならない。 そう言いつつも、街はクリスマス一色になりつつあり、それが終わると門松が飾られるだろう。皆既日食も見られたし、忘年会も滞りなくこなしている。 しかし終わることなく続いていることはある。...</summary>
    <author>
      <name>sayoko</name>
      
      <email>ugp35311@nifty.com</email>
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    <dc:subject>地震</dc:subject>
    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.hcc-web.co.jp/blog/">
      <![CDATA[<p>今年一番の寒さが到来している。１２月から手袋の登場というのも珍しい。<br />
カウンセリングが終わってクライエントと別れるとき、いつもは「お疲れ様でした、また次回に」などと言っておじぎをするのだが、１２月に入ると今年最後のカウンセリングというクライエントが増える。<br />
「では来年に」などと言って別れるのはあまりに失礼だ。<br />
たいていは「よいお年を」「よいお年をお迎えください」と言ってお別れすることになる。クライエントのほうからも「先生もよいお年を」と声を掛けられ、二秒間くらい目を見つめあう。そして、エレベーターに消えるまで姿を見送るとき、こころから来年がそのひとにとってより良い年になることを祈るのだ。</p>

<p>私とクライエントとの関係は、いつかは終わることになる。それは早いほうがいいに越したことはない。問題が解決する、苦しみが減る、困っていたことがなくなる・・・そして「カウンセリングは卒業してもいいかなって思ったんです」と言えるようになる。<br />
どこかそれはさみしいことではあるが、私の自分勝手な思いである。<br />
「次回の予約はとらないで帰ります」と言われたとき、それは喜ぶべきことなのだ。「べき」ではあるが、正直お別れするのはさみしいことでもある。</p>

<p>今年は「よいお年を」と言いつつ、特別な感慨がある。<br />
正直来年が来るという気がしない。言い換えれば今年が終わる気がしないのだ。<br />
3.11の衝撃をいまだ受け止められないでいる自分に気づき、驚かされる。</p>

<p>「もともとやさぐれていた街ですが、やっとこのごろ街がやさぐれて、荒んできたので安心してるんです。もともとそういう街だったんです。マスコミのひとたちもいなくなったし・・・」<br />
そう言ったひとがいる。<br />
「震災の直後、街のひとはみんないい人になってしまって怖かったんです。死に直面するとみんないい人になっちゃいますから」・・・・・・</p>

<p>災害のあと、生き残った家族の会話は限られた話題しかあつかえない。亡くなった子供、夫のことはタブーになる。危険なテーマをよけて日常会話をするうちに、だんだん話題は限られてくる。<br />
タブー、地雷が家族のいたるところによこたわっている。時が止まるという表現があるが、正確ではないだろう。衝撃の痕跡に触れることもできず、なすすべもなく放置しているだけなのだ。<br />
3月11日のままのカレンダーの前で、家族がカップめんをすすりながらなでしこジャパンの澤選手の話をしている光景・<br />
時間が複層的に過ぎていく。それに伴い、トラウマティックで不可触な話題をタブーとした会話と、その裏側で繰り返し語られなければならないあの時の記憶の乖離が生まれる。</p>

<p>やはり今年は終わらないような気がしてならない。<br />
そう言いつつも、街はクリスマス一色になりつつあり、それが終わると門松が飾られるだろう。皆既日食も見られたし、忘年会も滞りなくこなしている。<br />
しかし終わることなく続いていることはある。<br />
</p>]]>
      
    </content>
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  <entry>
    <title>有田講演終了、大分も</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.hcc-web.co.jp/blog/archives/000880.html" />
    <modified>2011-11-29T16:02:29Z</modified>
    <issued>2011-11-30T01:02:29+09:00</issued>
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    <created>2011-11-29T16:02:29Z</created>
    <summary type="text/plain">8時20分の飛行機で福岡へ。深く眠りすぎたせいか、機内に大切な本を忘れてしまった。 博多駅から佐世保線で有田まで。これもまた心地よく眠ってしまった。移動の時間を眠るってなんて気持ちがいいんだろう。おかげでPCを持参したにもかかわらず、校正原稿をかばんに入れたにもかかわらず、ず～っと眠っていて何も仕事はできなかった。 有田市は、江戸時代初期朝鮮から渡来した李氏が白い石を発見し、それを細かく砕くことで白磁に似た焼き物をつくることに成功。それが現在の有田焼、古伊万里、波佐見焼などにつながっている。 街には国宝級の陶芸家が何人も住んでおり、旧街道の街並みは保存され、年に一回の市にはのべ何百万もの人が訪れるのだとか。 講演は市のフェスタといっしょに催されたため、DVという言葉も知らないひとたちにもわかるように話した。最初は「本なんか例年売りませんけど」と言われたが、送った本はほぼ全部売り切れてしまった。 サインの際、私も〇年前に夫のDVから逃げたんです、という女性が何人も私にカムアウトされた。 DV防止法制定から10年という節目の年、一般のひとにも共有できる言葉としてこの二文字が広がることを祈っている。それはとりもなおさず、自分の受けた行為を暴力と定義することを意味し、それこそが人権なのだと思う。 まだまだ多くのひとが、「私が悪いからしかたがない」「どこの家でもこれくらいのことはみんな耐えているのだ」と考えているだろうが、どんな理由であろうと殴られていい自分じゃない、と思えることが大切だ。 終了後、市の担当者と佐賀アバンセの方が有田焼の石を掘削した跡などを案内してくださった。 李氏をたたえた石碑が神社より上に建てられていることで、韓国からの旅行者が大勢その石碑を観光に訪れるのだとか。 わずかな時間だったが、いくつかの陶磁器を買い求めて送った。 講演に来ていただいたみなさまありがとうございました。 企画されたアバンセ、市の皆様、お世話になりました。 それにしてもJR九州の電車のデザインはどれもすばらしい。板張りの床、椅子のデザイン、どれをとっても東海道新幹線に慣れている私からは、目をみはるような印象を受ける。もちろん九州新幹線のデザインは秀逸である。 ぐっすり眠りに就く前に窓外から眺めた山や田畑は紅葉が美しく、皇帝ダリアという背の高い花が家々の庭に植えられていた。 おかげで腰痛もひどくならずに、翌日の月曜は大分の講演と研修を済ませ、夜の11時半に帰宅した。 今週の金、土の日本虐待防止学会での講演を最後に、今年の講演日程はすべて終了。 残るは7回ほどの忘年会だけである。 すべてが楽しみである。...</summary>
    <author>
      <name>sayoko</name>
      
      <email>ugp35311@nifty.com</email>
    </author>
    <dc:subject>講演</dc:subject>
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      <![CDATA[<p>8時20分の飛行機で福岡へ。深く眠りすぎたせいか、機内に大切な本を忘れてしまった。<br />
博多駅から佐世保線で有田まで。これもまた心地よく眠ってしまった。移動の時間を眠るってなんて気持ちがいいんだろう。おかげでPCを持参したにもかかわらず、校正原稿をかばんに入れたにもかかわらず、ず～っと眠っていて何も仕事はできなかった。<br />
有田市は、江戸時代初期朝鮮から渡来した李氏が白い石を発見し、それを細かく砕くことで白磁に似た焼き物をつくることに成功。それが現在の有田焼、古伊万里、波佐見焼などにつながっている。<br />
街には国宝級の陶芸家が何人も住んでおり、旧街道の街並みは保存され、年に一回の市にはのべ何百万もの人が訪れるのだとか。</p>

<p>講演は市のフェスタといっしょに催されたため、DVという言葉も知らないひとたちにもわかるように話した。最初は「本なんか例年売りませんけど」と言われたが、送った本はほぼ全部売り切れてしまった。<br />
サインの際、私も〇年前に夫のDVから逃げたんです、という女性が何人も私にカムアウトされた。<br />
DV防止法制定から10年という節目の年、一般のひとにも共有できる言葉としてこの二文字が広がることを祈っている。それはとりもなおさず、自分の受けた行為を暴力と定義することを意味し、それこそが人権なのだと思う。<br />
まだまだ多くのひとが、「私が悪いからしかたがない」「どこの家でもこれくらいのことはみんな耐えているのだ」と考えているだろうが、どんな理由であろうと殴られていい自分じゃない、と思えることが大切だ。</p>

<p>終了後、市の担当者と佐賀アバンセの方が有田焼の石を掘削した跡などを案内してくださった。<br />
李氏をたたえた石碑が神社より上に建てられていることで、韓国からの旅行者が大勢その石碑を観光に訪れるのだとか。<br />
わずかな時間だったが、いくつかの陶磁器を買い求めて送った。</p>

<p>講演に来ていただいたみなさまありがとうございました。<br />
企画されたアバンセ、市の皆様、お世話になりました。</p>

<p>それにしてもJR九州の電車のデザインはどれもすばらしい。板張りの床、椅子のデザイン、どれをとっても東海道新幹線に慣れている私からは、目をみはるような印象を受ける。もちろん九州新幹線のデザインは秀逸である。</p>

<p>ぐっすり眠りに就く前に窓外から眺めた山や田畑は紅葉が美しく、皇帝ダリアという背の高い花が家々の庭に植えられていた。<br />
おかげで腰痛もひどくならずに、翌日の月曜は大分の講演と研修を済ませ、夜の11時半に帰宅した。</p>

<p>今週の金、土の日本虐待防止学会での講演を最後に、今年の講演日程はすべて終了。<br />
残るは7回ほどの忘年会だけである。<br />
すべてが楽しみである。</p>]]>
      
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    <title>セショラーって？そして有田市から大分市へと</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.hcc-web.co.jp/blog/archives/000879.html" />
    <modified>2011-11-23T18:24:55Z</modified>
    <issued>2011-11-24T03:24:55+09:00</issued>
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    <created>2011-11-23T18:24:55Z</created>
    <summary type="text/plain">今日（23日）は大阪府枚方市で講演。 約90名の方が聞きに来ていただいた。午後は雨も降っていたにもかかわらず、大勢の方に聞いていただけたこと、感謝です。 主催者の皆様にもお礼申し上げます。本もたくさん買っていただき、うれしい限りです。 昨年は神戸でも講演したせいか、おなじみの方もちらほら。それまでは大阪周辺での講演は少なかったのだが、このところ大阪府での講演が増えたせいだろうか。 来年の3月は豊中市でも講演の予定。皆様また聞きに来てください。 今週の月曜から生まれて初めての腰痛を経験し、これは指圧がいいだろうと思い仕事帰りにマッサージをしてもらったのだが逆効果。ますます痛くなり、このままだと講演に行けるだろうかと不安になるほどだった。 思わずツイッターでそのことをつぶやいたら多くの方がアドバイスをしてくれ、とにかくお風呂に入って温まることにした。ぎっくり腰だと温めてはいけないらしいが、私の場合完全に原因がわかっていたため、お風呂に入り、睡眠をとった。 そうしたら昨日はかなりよくなり、講演当日の今日はちゃんとハイヒールを履いてでかけることができた。 講演最中も2時間以上ずっと立ちっぱなしでも大丈夫だった。 原因は、とにかく長時間座ってPCで原稿を書いたことが一番だ。節電のために床暖房も入れず、寒いのをがまんしていたのもよくなかった。 まあ、この年まで腰痛経験がないことが奇跡みたいなものだから、これからはせいぜい気をつけて暖かくし、ストレッチもし、そろそろ水泳も再開しようかな、などと思っている。 さて、今週末は怒涛のスケジュール。 土曜は「摂食障害だよ、全員集合」というNABA主催の催しがある。摂食障害者＝セショラーたちの大会である。 オリンピック青少年センターで、午後1時からの予定。私は基調講演とやらを頼まれているのだ。 その夜は某クリニックのマジックショーに顔出し。親しい精神科医の先生がほぼ毎年開いている楽しい催しだ。 翌朝は8時20分の羽田発の飛行機で福岡へ。午後から佐賀県の有田市で講演。 これもDV防止週間の催しとしてである。博多からJRで約1時間。 そのまま夕方博多に戻り一泊。翌日はそのままJRで大分まででかけ、午後は大分で九州のの婦人保護関係者の集まりにて講演。テーマはDV加害者対応である。 月曜はHCCをお休みすることになる。スタッフの皆様、留守をよろしくね～ そのあいだを縫って依頼されている意見書を二通書かなければならない。意見書というものは、見通しが明るくない場合に必要なのだと聞かされたが、たしかに裁判官や調査官などをどのように説得するかという効果をねらったものになるだろう。 これまで何通かの意見書を書いてきたが、非常に厳しい結果が多い。 日本の裁判所はDVに対してきわめてシビアである。これはカナダもノルウエーも同様らしい。最後まで変わらないのが裁判官だ、と何度も聞かされた。 ともあれ、懸案の二つの連載原稿をいちおう脱稿できたので一安心。腰痛の中原稿を書いているときは「なんて因果な商売だろう」と泣きたくなった。この年になってまで、こんなつらいことを続けなければならないなんて、としばし呪う気分にもなった。 でも、なんとか原稿は書き上げたし、ちょっとだけ、ほんの少しだけいい気分である。 往復の新幹線で「現代思想」上野千鶴子特集を読む。表紙も中の装丁もすばらしい。上品でなおかつシンプルな香気ただよう本にしあがっている。 私も駄文を寄稿しているが、なんとまあ豪華な執筆陣だろう。上野さんの30年以上の疾走するかのごとき活躍が一望のもとにみわたせる本である。 今日の講演のあとで、ひとりのひとが「息子が『パパと怒り鬼』を読んで、ほんとうに感動したと言ってました」と話しかけてくれた。 彼女はHCCのDV被害者のグループカウンセリングにも参加していたひとで、その息子さんがいたく感動したとのことであった。 私はこれまでDV被害者については、自慢じゃないけど日本でも数少ない理解者だと自負してきた。しかし父のDVを目撃して育った息子の抱える困難は、「パパと怒り鬼」にかかわることで初めて知ったような気がする。 彼らは父親をきらいになりたくないのだ。そのことは、フロイト的なエディプスコンプレックスとはまったく異なる次元の話だろう。 父であるひとが唾棄すべき、忌み嫌うべき人であってほしくないのだ。 そのことは一歩間違えば「おやじのことはよくわかる」というホモソーシャル的妥協に連なる危険性もはらんでいる。 しかし、暴力をふるったことは事実だが、そのことが父の全人格を否定するものではないと思えること（それは絵本では主人公の少年の願いでもある）で全肯定でもなく全否定でもない、新たな道が開かれるのだ。 そのことを痛感させられた。 往復の新幹線はなぜかず～っと眠っていた。 行きは名古屋も気づかず、目をさましたら京都駅だった。帰りも同様で、品川で目がさめた。 やはり疲れているのか、それともよほど東海道新幹線との相性がよくて眠りやすかったのか・・・ 腰痛から解放されてよかった！！...</summary>
    <author>
      <name>sayoko</name>
      
      <email>ugp35311@nifty.com</email>
    </author>
    <dc:subject>講演</dc:subject>
    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.hcc-web.co.jp/blog/">
      <![CDATA[<p>今日（23日）は大阪府枚方市で講演。<br />
約90名の方が聞きに来ていただいた。午後は雨も降っていたにもかかわらず、大勢の方に聞いていただけたこと、感謝です。<br />
主催者の皆様にもお礼申し上げます。本もたくさん買っていただき、うれしい限りです。<br />
昨年は神戸でも講演したせいか、おなじみの方もちらほら。それまでは大阪周辺での講演は少なかったのだが、このところ大阪府での講演が増えたせいだろうか。<br />
来年の3月は豊中市でも講演の予定。皆様また聞きに来てください。</p>

<p>今週の月曜から生まれて初めての腰痛を経験し、これは指圧がいいだろうと思い仕事帰りにマッサージをしてもらったのだが逆効果。ますます痛くなり、このままだと講演に行けるだろうかと不安になるほどだった。<br />
思わずツイッターでそのことをつぶやいたら多くの方がアドバイスをしてくれ、とにかくお風呂に入って温まることにした。ぎっくり腰だと温めてはいけないらしいが、私の場合完全に原因がわかっていたため、お風呂に入り、睡眠をとった。<br />
そうしたら昨日はかなりよくなり、講演当日の今日はちゃんとハイヒールを履いてでかけることができた。<br />
講演最中も2時間以上ずっと立ちっぱなしでも大丈夫だった。<br />
原因は、とにかく長時間座ってPCで原稿を書いたことが一番だ。節電のために床暖房も入れず、寒いのをがまんしていたのもよくなかった。<br />
まあ、この年まで腰痛経験がないことが奇跡みたいなものだから、これからはせいぜい気をつけて暖かくし、ストレッチもし、そろそろ水泳も再開しようかな、などと思っている。</p>

<p>さて、今週末は怒涛のスケジュール。<br />
土曜は「摂食障害だよ、全員集合」というNABA主催の催しがある。摂食障害者＝セショラーたちの大会である。<br />
オリンピック青少年センターで、午後1時からの予定。私は基調講演とやらを頼まれているのだ。<br />
その夜は某クリニックのマジックショーに顔出し。親しい精神科医の先生がほぼ毎年開いている楽しい催しだ。<br />
翌朝は8時20分の羽田発の飛行機で福岡へ。午後から佐賀県の有田市で講演。<br />
これもDV防止週間の催しとしてである。博多からJRで約1時間。<br />
そのまま夕方博多に戻り一泊。翌日はそのままJRで大分まででかけ、午後は大分で九州のの婦人保護関係者の集まりにて講演。テーマはDV加害者対応である。<br />
月曜はHCCをお休みすることになる。スタッフの皆様、留守をよろしくね～</p>

<p>そのあいだを縫って依頼されている意見書を二通書かなければならない。意見書というものは、見通しが明るくない場合に必要なのだと聞かされたが、たしかに裁判官や調査官などをどのように説得するかという効果をねらったものになるだろう。<br />
これまで何通かの意見書を書いてきたが、非常に厳しい結果が多い。<br />
日本の裁判所はDVに対してきわめてシビアである。これはカナダもノルウエーも同様らしい。最後まで変わらないのが裁判官だ、と何度も聞かされた。</p>

<p>ともあれ、懸案の二つの連載原稿をいちおう脱稿できたので一安心。腰痛の中原稿を書いているときは「なんて因果な商売だろう」と泣きたくなった。この年になってまで、こんなつらいことを続けなければならないなんて、としばし呪う気分にもなった。<br />
でも、なんとか原稿は書き上げたし、ちょっとだけ、ほんの少しだけいい気分である。</p>

<p>往復の新幹線で「現代思想」上野千鶴子特集を読む。表紙も中の装丁もすばらしい。上品でなおかつシンプルな香気ただよう本にしあがっている。<br />
私も駄文を寄稿しているが、なんとまあ豪華な執筆陣だろう。上野さんの30年以上の疾走するかのごとき活躍が一望のもとにみわたせる本である。</p>

<p>今日の講演のあとで、ひとりのひとが「息子が『パパと怒り鬼』を読んで、ほんとうに感動したと言ってました」と話しかけてくれた。<br />
彼女はHCCのDV被害者のグループカウンセリングにも参加していたひとで、その息子さんがいたく感動したとのことであった。<br />
私はこれまでDV被害者については、自慢じゃないけど日本でも数少ない理解者だと自負してきた。しかし父のDVを目撃して育った息子の抱える困難は、「パパと怒り鬼」にかかわることで初めて知ったような気がする。<br />
彼らは父親をきらいになりたくないのだ。そのことは、フロイト的なエディプスコンプレックスとはまったく異なる次元の話だろう。<br />
父であるひとが唾棄すべき、忌み嫌うべき人であってほしくないのだ。<br />
そのことは一歩間違えば「おやじのことはよくわかる」というホモソーシャル的妥協に連なる危険性もはらんでいる。<br />
しかし、暴力をふるったことは事実だが、そのことが父の全人格を否定するものではないと思えること（それは絵本では主人公の少年の願いでもある）で全肯定でもなく全否定でもない、新たな道が開かれるのだ。<br />
そのことを痛感させられた。</p>

<p>往復の新幹線はなぜかず～っと眠っていた。<br />
行きは名古屋も気づかず、目をさましたら京都駅だった。帰りも同様で、品川で目がさめた。<br />
やはり疲れているのか、それともよほど東海道新幹線との相性がよくて眠りやすかったのか・・・</p>

<p>腰痛から解放されてよかった！！</p>]]>
      
    </content>
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    <title>今週末は品川講演、それからいいことが！</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.hcc-web.co.jp/blog/archives/000878.html" />
    <modified>2011-11-15T13:57:16Z</modified>
    <issued>2011-11-15T22:57:16+09:00</issued>
    <id>tag:www.hcc-web.co.jp,2011:/blog//2.878</id>
    <created>2011-11-15T13:57:16Z</created>
    <summary type="text/plain">このところ「いけない」「だめだめ」と思いながら、いつのまにかハマってしまっていることがある。それが何かはヒ・ミ・ツ！ というわけで原稿を書こうとしながらどうしてもそちらのほうに関心が向かい、ただいま締切が過ぎた原稿が二本。ああ、編集者のみなさまごめんなさい。 どうしても睡眠不足になってしまい、そのせいか今日からきわめて体調が悪い。いつもの風邪の予感がする。本当は仕事をすべて休んでゆっくり眠れればいいのだが、明日も明後日も仕事がびっしりである。 それから紀伊国屋書店に「ザ・信田さよ子フェア」を見に行きたいのだけれど、なんだか恥ずかしくてだめなのだ。いったいどんな顔をして見に行けばいいのか、見当もつかない。 がんばって変装してみるか・・・・。 さて「さよなら、お母さん」が出版されてからなんと「母が重くてたまらない」が増刷となった。そして最新刊の「さよなら、お母さん」も重版が決定。 何がうれしいって、自分の本に重版がかかることが最大の喜びなのだ。もちろん本が印刷されて初めて手にとったときのにおいや手触りもこの上なくうっとりするのだが、やはり売れてなんぼっていう感覚がある。 それもすべて私が書店の娘だからかもしれない。 質を落とさず書いて、しかも売れてくれるとしたらこれほどうれしいことがあるだろうか。 自慢じゃないけど、手抜きの本はつくりたくない。読む人が読んだらわかると思っているからだ。 明らかに売らんかなの作り方の本は、いやだと思う。どの本もけっこう最後まで句読点やてにをはに至るまでチェックしてしまうのもそのせいだ。 多くの本が消費されていく時代になった。でも、自分を裏切ることはできない。 というわけで毎回原稿を書くために本当にエネルギーを使うのだ。 だから、ちょっとだけ秘密の楽しみを持つことを許してもらいたいのだ。 今週の土曜日、きゅりあん品川にてシンポジウムに参加します。 お知らせ欄にもアップしてあるが、麻木久仁子さんもいっしょだ。 お近くの皆様、どうか聞きにきてください。 私の著作も売りますよ、サインもね。 来週は西へ。 大阪の枚方市で講演予定。11月はDVや虐待の防止月間なのだ。パープルリボンがそのシンボルである。いずれ東京タワーもパープルにライトアップされる予定。...</summary>
    <author>
      <name>sayoko</name>
      
      <email>ugp35311@nifty.com</email>
    </author>
    <dc:subject>講演</dc:subject>
    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.hcc-web.co.jp/blog/">
      <![CDATA[<p>このところ「いけない」「だめだめ」と思いながら、いつのまにかハマってしまっていることがある。それが何かはヒ・ミ・ツ！<br />
というわけで原稿を書こうとしながらどうしてもそちらのほうに関心が向かい、ただいま締切が過ぎた原稿が二本。ああ、編集者のみなさまごめんなさい。<br />
どうしても睡眠不足になってしまい、そのせいか今日からきわめて体調が悪い。いつもの風邪の予感がする。本当は仕事をすべて休んでゆっくり眠れればいいのだが、明日も明後日も仕事がびっしりである。<br />
それから紀伊国屋書店に「ザ・信田さよ子フェア」を見に行きたいのだけれど、なんだか恥ずかしくてだめなのだ。いったいどんな顔をして見に行けばいいのか、見当もつかない。<br />
がんばって変装してみるか・・・・。</p>

<p>さて「さよなら、お母さん」が出版されてからなんと「母が重くてたまらない」が増刷となった。そして最新刊の「さよなら、お母さん」も重版が決定。<br />
何がうれしいって、自分の本に重版がかかることが最大の喜びなのだ。もちろん本が印刷されて初めて手にとったときのにおいや手触りもこの上なくうっとりするのだが、やはり売れてなんぼっていう感覚がある。<br />
それもすべて私が書店の娘だからかもしれない。<br />
質を落とさず書いて、しかも売れてくれるとしたらこれほどうれしいことがあるだろうか。<br />
自慢じゃないけど、手抜きの本はつくりたくない。読む人が読んだらわかると思っているからだ。<br />
明らかに売らんかなの作り方の本は、いやだと思う。どの本もけっこう最後まで句読点やてにをはに至るまでチェックしてしまうのもそのせいだ。</p>

<p>多くの本が消費されていく時代になった。でも、自分を裏切ることはできない。<br />
というわけで毎回原稿を書くために本当にエネルギーを使うのだ。<br />
だから、ちょっとだけ秘密の楽しみを持つことを許してもらいたいのだ。</p>

<p>今週の土曜日、きゅりあん品川にてシンポジウムに参加します。<br />
お知らせ欄にもアップしてあるが、麻木久仁子さんもいっしょだ。<br />
お近くの皆様、どうか聞きにきてください。<br />
私の著作も売りますよ、サインもね。<br />
来週は西へ。<br />
大阪の枚方市で講演予定。11月はDVや虐待の防止月間なのだ。パープルリボンがそのシンボルである。いずれ東京タワーもパープルにライトアップされる予定。<br />
</p>]]>
      
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    <title>ザ・信田さよ子フェア開催！</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.hcc-web.co.jp/blog/archives/000877.html" />
    <modified>2011-11-08T15:53:37Z</modified>
    <issued>2011-11-09T00:53:37+09:00</issued>
    <id>tag:www.hcc-web.co.jp,2011:/blog//2.877</id>
    <created>2011-11-08T15:53:37Z</created>
    <summary type="text/plain">本日（１１月８日）から新宿紀伊国屋書店にてザ・信田さよ子フェアが開催される。 イーストプレスから新たに出版された「増補・ザ・ママの研究」と、春秋社「さよなら、お母さん」を中心に母娘をテーマとしたフェアである。 楽しい仕掛け（プチプチカウンセリング）や、タイプ別のくじ引きみたいなものも用意されている。私の回答もけっこう過激で、ええっこんな答えありなの？とのけぞってしまうような内容になっている。 一度のぞいてみてください。 といいつつ、私はまだ行けていない。どうにも恥ずかしくて顔を出せないのだ。 昨年も同じ場所で開催された「ザ・のぶた祭り」の際も、大勢で行ったものの恥ずかしくて４秒くらいしか見られなかったのだ。 変装して行こうかなぁ、この年で男装もできないし、う～ん。 困った、困った。...</summary>
    <author>
      <name>sayoko</name>
      
      <email>ugp35311@nifty.com</email>
    </author>
    <dc:subject>著作・解説</dc:subject>
    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.hcc-web.co.jp/blog/">
      <![CDATA[<p>本日（１１月８日）から新宿紀伊国屋書店にてザ・信田さよ子フェアが開催される。<br />
イーストプレスから新たに出版された「増補・ザ・ママの研究」と、春秋社「さよなら、お母さん」を中心に母娘をテーマとしたフェアである。<br />
楽しい仕掛け（プチプチカウンセリング）や、タイプ別のくじ引きみたいなものも用意されている。私の回答もけっこう過激で、ええっこんな答えありなの？とのけぞってしまうような内容になっている。<br />
一度のぞいてみてください。</p>

<p>といいつつ、私はまだ行けていない。どうにも恥ずかしくて顔を出せないのだ。<br />
昨年も同じ場所で開催された「ザ・のぶた祭り」の際も、大勢で行ったものの恥ずかしくて４秒くらいしか見られなかったのだ。<br />
変装して行こうかなぁ、この年で男装もできないし、う～ん。<br />
困った、困った。</p>]]>
      
    </content>
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    <title>福島での講演</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.hcc-web.co.jp/blog/archives/000876.html" />
    <modified>2011-11-08T15:43:03Z</modified>
    <issued>2011-11-09T00:43:03+09:00</issued>
    <id>tag:www.hcc-web.co.jp,2011:/blog//2.876</id>
    <created>2011-11-08T15:43:03Z</created>
    <summary type="text/plain">日帰りで福島まで講演に行ってきた。 「女性と暴力」というテーマである。会場は新幹線の福島駅から近い杉妻会館というところだ。 開始前にお食事をいただきながら主催者の皆さんとお話ししたのだが、あの大震災とその後の原発事故の影響はまだまだ全貌すら見えていない。 多くの住民はかの地を離れては生きていけない。不安の中でとにかく日々を生きているとのこと。財政的にも来年度になってから３．１１の影響はより明確に出てくるだろうとのことだった。 かつて三春町にも講演で行ったことがあるが、桜の老木が美しい街だった。その街もいまや放射能の影響で多くの住民が不安のうちに暮らしており、会津若松も観光客が激減しているらしい。 これから５年、１０年単位で見ていかなければならない、と口々に語られた。 埼玉や新潟に避難しているひとたちのあいだにも、精神的不調が生まれており、小学生は不登校が増えているとか。 息長い支援こそが必要だ。そして、息長く日々を生き続けることしかないと思う。 講演会は１１０名もの方が来ていただいた。 神戸の震災もそうだったが、大きな災害が起きると暴力は家族という密室において頻発する。今回のテーマはまさに時宜にかなったものだった。 福島駅の周辺は街路樹も色づき、夕闇が迫る中で遠くの山々の紅葉も薄墨色に沈もうとしていた。駅周辺は心なしか人通りも少なく、空気も冷たかった。 街の中心部にも避難所がつくられているとか。 いつのまにか東京では節電という言葉が薄れつつあるようだが、福島の街はまだ薄暗く、原発事故の処理が続く中で商店街が秋の商戦を展開していた。 講演を聞きに来ていただいたみなさま、主催者のみなさま、ありがとうございました。...</summary>
    <author>
      <name>sayoko</name>
      
      <email>ugp35311@nifty.com</email>
    </author>
    <dc:subject>講演</dc:subject>
    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.hcc-web.co.jp/blog/">
      <![CDATA[<p>日帰りで福島まで講演に行ってきた。<br />
「女性と暴力」というテーマである。会場は新幹線の福島駅から近い杉妻会館というところだ。<br />
開始前にお食事をいただきながら主催者の皆さんとお話ししたのだが、あの大震災とその後の原発事故の影響はまだまだ全貌すら見えていない。<br />
多くの住民はかの地を離れては生きていけない。不安の中でとにかく日々を生きているとのこと。財政的にも来年度になってから３．１１の影響はより明確に出てくるだろうとのことだった。<br />
かつて三春町にも講演で行ったことがあるが、桜の老木が美しい街だった。その街もいまや放射能の影響で多くの住民が不安のうちに暮らしており、会津若松も観光客が激減しているらしい。<br />
これから５年、１０年単位で見ていかなければならない、と口々に語られた。<br />
埼玉や新潟に避難しているひとたちのあいだにも、精神的不調が生まれており、小学生は不登校が増えているとか。<br />
息長い支援こそが必要だ。そして、息長く日々を生き続けることしかないと思う。</p>

<p>講演会は１１０名もの方が来ていただいた。<br />
神戸の震災もそうだったが、大きな災害が起きると暴力は家族という密室において頻発する。今回のテーマはまさに時宜にかなったものだった。</p>

<p>福島駅の周辺は街路樹も色づき、夕闇が迫る中で遠くの山々の紅葉も薄墨色に沈もうとしていた。駅周辺は心なしか人通りも少なく、空気も冷たかった。<br />
街の中心部にも避難所がつくられているとか。<br />
いつのまにか東京では節電という言葉が薄れつつあるようだが、福島の街はまだ薄暗く、原発事故の処理が続く中で商店街が秋の商戦を展開していた。</p>

<p>講演を聞きに来ていただいたみなさま、主催者のみなさま、ありがとうございました。<br />
</p>]]>
      
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    <title>理事会が終わった</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.hcc-web.co.jp/blog/archives/000875.html" />
    <modified>2011-11-03T17:08:52Z</modified>
    <issued>2011-11-04T02:08:52+09:00</issued>
    <id>tag:www.hcc-web.co.jp,2011:/blog//2.875</id>
    <created>2011-11-03T17:08:52Z</created>
    <summary type="text/plain">日本臨床心理士会の理事会が終了。 午前11時から理事会、午後は全国からの代議員会という構成。もちろんその前には常務理事会が開催されているのだが。 あまりブログで臨床心理士としての自分は書かないようにしてきたが、久々に少しだけ。臨床心理士資格取得者は約１７６００人にのぼる。まだ国家資格ではないが、大学院修士課程を修了し、１年の実習期間を経て資格認定試験に合格しなければならない。かなりハードルは高いが、目下のところそれに見合う職場が少ないという地域がある。 臨床心理士会としては職域拡大もひとつの大きな役割である。 久々の理事会に出席して、ああ、大きな組織になったなぁ、と思った。私の居心地のいいポジションは、少し外側から批判的発言ができる場所に居ることだ。大きな組織に対しての怯えもあるのだろう。 これまでずっとそうしてきたが、日本心理臨床学会の理事、さらに日本臨床心理士会の理事という立場は改めて重いものだと思った。 お叱りを受けるかもしれないが、大学の教員ではなく開業を生業としているとついつい組織的な思考や判断ができなくなってしまうのだ。 目の前のクライエント、家族を常に第一義的に考える生活を送っていると、あのような大きな組織を前にしてくらくらしてしまうのだ。正直な実感である。 懇談会で奈良や和歌山の臨床心理士会の方たちが、台風１２号の被害とその支援に対して語る内容を聞いた。過疎地の被災、そこに入ること、保健師との連携…。 また東日本大震災の被災者支援に出向いた多くの臨床心理士の話も聞いた。 それらはほとんどが組織論であり、政策論である。まさに臨床心理士は「こころのプロ」でありつつ、現実には政治的で組織的行動が迫られる時代になったと思う。それは臨床心理士にとって成熟を意味することは間違いない。 社会の追い風を受けながら、それに乗って半ばパッシブに領域拡大してきた私たちだが、今後資格問題も含めて正念場を迎えるだろう。 政治的でありつつも、最終的に判断されるのは臨床的実力によってなのだから。 なんだかまとまりがなくなったが、久々に臨床心理士としての原点を思い返した一日だった。...</summary>
    <author>
      <name>sayoko</name>
      
      <email>ugp35311@nifty.com</email>
    </author>
    <dc:subject>仕事</dc:subject>
    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.hcc-web.co.jp/blog/">
      <![CDATA[<p>日本臨床心理士会の理事会が終了。<br />
午前11時から理事会、午後は全国からの代議員会という構成。もちろんその前には常務理事会が開催されているのだが。<br />
あまりブログで臨床心理士としての自分は書かないようにしてきたが、久々に少しだけ。臨床心理士資格取得者は約１７６００人にのぼる。まだ国家資格ではないが、大学院修士課程を修了し、１年の実習期間を経て資格認定試験に合格しなければならない。かなりハードルは高いが、目下のところそれに見合う職場が少ないという地域がある。<br />
臨床心理士会としては職域拡大もひとつの大きな役割である。</p>

<p>久々の理事会に出席して、ああ、大きな組織になったなぁ、と思った。私の居心地のいいポジションは、少し外側から批判的発言ができる場所に居ることだ。大きな組織に対しての怯えもあるのだろう。<br />
これまでずっとそうしてきたが、日本心理臨床学会の理事、さらに日本臨床心理士会の理事という立場は改めて重いものだと思った。<br />
お叱りを受けるかもしれないが、大学の教員ではなく開業を生業としているとついつい組織的な思考や判断ができなくなってしまうのだ。<br />
目の前のクライエント、家族を常に第一義的に考える生活を送っていると、あのような大きな組織を前にしてくらくらしてしまうのだ。正直な実感である。</p>

<p>懇談会で奈良や和歌山の臨床心理士会の方たちが、台風１２号の被害とその支援に対して語る内容を聞いた。過疎地の被災、そこに入ること、保健師との連携…。<br />
また東日本大震災の被災者支援に出向いた多くの臨床心理士の話も聞いた。<br />
それらはほとんどが組織論であり、政策論である。まさに臨床心理士は「こころのプロ」でありつつ、現実には政治的で組織的行動が迫られる時代になったと思う。それは臨床心理士にとって成熟を意味することは間違いない。<br />
社会の追い風を受けながら、それに乗って半ばパッシブに領域拡大してきた私たちだが、今後資格問題も含めて正念場を迎えるだろう。<br />
政治的でありつつも、最終的に判断されるのは臨床的実力によってなのだから。</p>

<p>なんだかまとまりがなくなったが、久々に臨床心理士としての原点を思い返した一日だった。</p>]]>
      
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    <title>出版記念講演会</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.hcc-web.co.jp/blog/archives/000874.html" />
    <modified>2011-10-23T12:31:35Z</modified>
    <issued>2011-10-23T21:31:35+09:00</issued>
    <id>tag:www.hcc-web.co.jp,2011:/blog//2.874</id>
    <created>2011-10-23T12:31:35Z</created>
    <summary type="text/plain">10月27日木曜日、午後6時半から朝日カルチャーセンター新宿校にて「さよなら、お母さん」の出版記念講演会が開かれる。「母が重くてたまらない」から今回の出版までの経過、内容の概略といったことをお話しするつもりだ。 もちろん本の販売とサイン会も終了後実施する。どうか多くの方々が聞きに来てくださるように祈っている。 このところ（っていうかいつも）原稿に追われているが、合間を縫って小説を何冊か読んだ。「くちぬい」（坂東真砂子、集英社）「緑の毒」（桐野夏生、角川書店）「わたしの中の遠い夏」（アニカ・トール、菱木晃子訳、新宿書房）。 どれも帯に短したすきに長し、って感じだ。最近本当に感動を覚える小説に出会ったことがない。もともと小説なんて消費されるものだという前提で読むことに慣れていない。 やはり心のどこかに残って、異世界へといざなってくれる作品を待ち望んでいる。 「海松」（みる）はその点で数少ない心に残った作品だ。稲葉真弓の最高傑作ではないだろうか。その続編の「半島へ」はいまいちだった。 10冊くらいアマゾンで購入して積んである本の山を見ながら、本が読めなくなったら、読みたくなくなったら私は終わってしまうんじゃないかとすら思う。 過去にそんな時期もあった。どうにも本屋に行く気が起きず、映画も見る気がしなかった。軽うつ状態だったかもしれない、と今になって思うのだが。 それにしても今日はなんて暑い日だったのだろう。真夏とはいわないが、汗ばむ陽気で湿度も高かった。しまいこんだ半袖を取り出して着たほどだ。 さて、これからいくつか原稿を書くことにする。...</summary>
    <author>
      <name>sayoko</name>
      
      <email>ugp35311@nifty.com</email>
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    <dc:subject>講演</dc:subject>
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      <![CDATA[<p>10月27日木曜日、午後6時半から朝日カルチャーセンター新宿校にて「さよなら、お母さん」の出版記念講演会が開かれる。「母が重くてたまらない」から今回の出版までの経過、内容の概略といったことをお話しするつもりだ。<br />
もちろん本の販売とサイン会も終了後実施する。どうか多くの方々が聞きに来てくださるように祈っている。</p>

<p>このところ（っていうかいつも）原稿に追われているが、合間を縫って小説を何冊か読んだ。「くちぬい」（坂東真砂子、集英社）「緑の毒」（桐野夏生、角川書店）「わたしの中の遠い夏」（アニカ・トール、菱木晃子訳、新宿書房）。<br />
どれも帯に短したすきに長し、って感じだ。最近本当に感動を覚える小説に出会ったことがない。もともと小説なんて消費されるものだという前提で読むことに慣れていない。<br />
やはり心のどこかに残って、異世界へといざなってくれる作品を待ち望んでいる。<br />
「海松」（みる）はその点で数少ない心に残った作品だ。稲葉真弓の最高傑作ではないだろうか。その続編の「半島へ」はいまいちだった。<br />
10冊くらいアマゾンで購入して積んである本の山を見ながら、本が読めなくなったら、読みたくなくなったら私は終わってしまうんじゃないかとすら思う。<br />
過去にそんな時期もあった。どうにも本屋に行く気が起きず、映画も見る気がしなかった。軽うつ状態だったかもしれない、と今になって思うのだが。</p>

<p>それにしても今日はなんて暑い日だったのだろう。真夏とはいわないが、汗ばむ陽気で湿度も高かった。しまいこんだ半袖を取り出して着たほどだ。<br />
さて、これからいくつか原稿を書くことにする。<br />
</p>]]>
      
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    <title>ノルウェー王国大使館でのシンポ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.hcc-web.co.jp/blog/archives/000873.html" />
    <modified>2011-10-18T09:39:04Z</modified>
    <issued>2011-10-18T18:39:04+09:00</issued>
    <id>tag:www.hcc-web.co.jp,2011:/blog//2.873</id>
    <created>2011-10-18T09:39:04Z</created>
    <summary type="text/plain">少し時間が経ってしまったが、先週の金曜（10月14日）はノルウェー王国大使館で行われたシンポに登壇した。王国ということを寡聞にして知らなかったのです、ごめんなさい。 スイス大使館の向かいにあるのだが、入ると「DV講演会」という道案内が各所に貼ってあるのが目につく。ああ、夢のようだと思った。残念ながらDVという文言の入った講演はどこか裏街道みたいなところがあるからだ。それがこの華やかな大使館の中庭に～っていう妙な感慨。 それにもましてホール入り口にプールがあることに興奮。まるでハリウッド映画のスター豪邸みたいな雰囲気なのだ。なんでも大使館職員の子どもたちが夏には遊ぶのだそうだ。 終了後大使から「ぜひプールに泳ぎに来てください」と言われ、「来年の夏にはね、ぜひぜひ。美しいビキニでも着ますよ」なんて答えてしまった。もちろん英語でだけど、冗談が過ぎるよ大使！、いやそれは私だった。 シンポ全体は念入りに準備されており素晴らしい運営だった。ノルウエー「男女平等の本」を出版する会の荒川ユリ子さん、ノルウエー夢ネットの青木順子さん、DV防止ながさきの中田慶子さんの三人からスタートした「パパと怒り鬼：話してごらん、誰かに」出版プロジェクトが実を結んだのだ。 満員のためずいぶん断ったとのことだが、各地からさまざまな方たちが参加された。ジェンダー関係のメーリスで名前だけ存じ上げていた方とお会いできたり、マスコミの方も多かったり、東ちずるさんとも久しぶりにお会いしたり（やっぱり美しい！！！）、名刺入れがパンパンになってしまった。 30分ということで、かなり省略したパワーポイントをもとに講演したのだが、いわば部外者にわかりやすく伝えるということは本当に緊張する。 終了後尊敬する大島かおりさんから、説得力のある講演だったとおほめにあずかった。講演については、ずっとずっと努力してきたのだ。 30代のころに講演デビューしたのだが、もっとも役立ったのは精神科病院で10年近く「教育プログラム」を実施したことだ。毎週土曜日の午前中、H病院のアルコール依存症専門病棟で90分の話をするのだ。50人近い患者さん（ほぼ男性）を相手に、とにかく彼らが眠らないように、彼らにも理解できるように一生懸命工夫して話をした。その経験が本当に役立っている。 あの～、え～といった言葉をさしはさまず、明快に、ゆっくり、ポイントを突いて、しかもユーモラスに話すこと。 毎回が訓練だった。あの10年間がなければ今の私の講演はなかったと思う。 終了後プレスの取材があり、公邸でのレセプションがあった。とにかく料理がおいしかった。日本の鯖の80％はノルウエー産だということも初めて知った。お鮨、シチュー、豚の丸焼き、などなど。残念ながら残り少なかったが、よくある学会の立食パーティーみたいなケチなメニューではなく、量も質も申し分なかった。 あのシンポの意味は、DV加害者プログラムとフェミニズムとの接点にあったと思う。ノルウエーでも1980年代から実施されたDV加害者プログラムは、フェミニストとの緊密で良好な関係がなければうまくいかなかったという。参加者の皆さんに私たちのDV加害者プログラムの原則、歴史、実施内容を知っていただけたことが何よりの収穫だった。 多くのひとは男女平等政策達成において世界第二位のノルウエーでもDVがあるのかと驚かれたようだ。日本と比較して、高福祉や政策変更がDV防止に意味がないと短絡的に解釈されるのは本意ではない。 先日のテロも衝撃だったが、ジェンダー意識というものは、政策や教育によってどこまで変わるのかということを表しているのではないだろうか。男性優位主義（メールショービニズム）、女性差別の根深さを痛感する。...</summary>
    <author>
      <name>sayoko</name>
      
      <email>ugp35311@nifty.com</email>
    </author>
    <dc:subject>講演</dc:subject>
    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.hcc-web.co.jp/blog/">
      <![CDATA[<p>少し時間が経ってしまったが、先週の金曜（10月14日）はノルウェー王国大使館で行われたシンポに登壇した。王国ということを寡聞にして知らなかったのです、ごめんなさい。<br />
スイス大使館の向かいにあるのだが、入ると「DV講演会」という道案内が各所に貼ってあるのが目につく。ああ、夢のようだと思った。残念ながらDVという文言の入った講演はどこか裏街道みたいなところがあるからだ。それがこの華やかな大使館の中庭に～っていう妙な感慨。</p>

<p>それにもましてホール入り口にプールがあることに興奮。まるでハリウッド映画のスター豪邸みたいな雰囲気なのだ。なんでも大使館職員の子どもたちが夏には遊ぶのだそうだ。<br />
終了後大使から「ぜひプールに泳ぎに来てください」と言われ、「来年の夏にはね、ぜひぜひ。美しいビキニでも着ますよ」なんて答えてしまった。もちろん英語でだけど、冗談が過ぎるよ大使！、いやそれは私だった。</p>

<p>シンポ全体は念入りに準備されており素晴らしい運営だった。ノルウエー「男女平等の本」を出版する会の荒川ユリ子さん、ノルウエー夢ネットの青木順子さん、DV防止ながさきの中田慶子さんの三人からスタートした「パパと怒り鬼：話してごらん、誰かに」出版プロジェクトが実を結んだのだ。<br />
満員のためずいぶん断ったとのことだが、各地からさまざまな方たちが参加された。ジェンダー関係のメーリスで名前だけ存じ上げていた方とお会いできたり、マスコミの方も多かったり、東ちずるさんとも久しぶりにお会いしたり（やっぱり美しい！！！）、名刺入れがパンパンになってしまった。</p>

<p>30分ということで、かなり省略したパワーポイントをもとに講演したのだが、いわば部外者にわかりやすく伝えるということは本当に緊張する。<br />
終了後尊敬する大島かおりさんから、説得力のある講演だったとおほめにあずかった。講演については、ずっとずっと努力してきたのだ。<br />
30代のころに講演デビューしたのだが、もっとも役立ったのは精神科病院で10年近く「教育プログラム」を実施したことだ。毎週土曜日の午前中、H病院のアルコール依存症専門病棟で90分の話をするのだ。50人近い患者さん（ほぼ男性）を相手に、とにかく彼らが眠らないように、彼らにも理解できるように一生懸命工夫して話をした。その経験が本当に役立っている。<br />
あの～、え～といった言葉をさしはさまず、明快に、ゆっくり、ポイントを突いて、しかもユーモラスに話すこと。<br />
毎回が訓練だった。あの10年間がなければ今の私の講演はなかったと思う。</p>

<p>終了後プレスの取材があり、公邸でのレセプションがあった。とにかく料理がおいしかった。日本の鯖の80％はノルウエー産だということも初めて知った。お鮨、シチュー、豚の丸焼き、などなど。残念ながら残り少なかったが、よくある学会の立食パーティーみたいなケチなメニューではなく、量も質も申し分なかった。</p>

<p>あのシンポの意味は、DV加害者プログラムとフェミニズムとの接点にあったと思う。ノルウエーでも1980年代から実施されたDV加害者プログラムは、フェミニストとの緊密で良好な関係がなければうまくいかなかったという。参加者の皆さんに私たちのDV加害者プログラムの原則、歴史、実施内容を知っていただけたことが何よりの収穫だった。</p>

<p>多くのひとは男女平等政策達成において世界第二位のノルウエーでもDVがあるのかと驚かれたようだ。日本と比較して、高福祉や政策変更がDV防止に意味がないと短絡的に解釈されるのは本意ではない。<br />
先日のテロも衝撃だったが、ジェンダー意識というものは、政策や教育によってどこまで変わるのかということを表しているのではないだろうか。男性優位主義（メールショービニズム）、女性差別の根深さを痛感する。</p>]]>
      
    </content>
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    <title>新刊本！「増補ザ・ママの研究」「さよなら、お母さん:墓守娘が決断する時」</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.hcc-web.co.jp/blog/archives/000872.html" />
    <modified>2011-10-12T13:02:23Z</modified>
    <issued>2011-10-12T22:02:23+09:00</issued>
    <id>tag:www.hcc-web.co.jp,2011:/blog//2.872</id>
    <created>2011-10-12T13:02:23Z</created>
    <summary type="text/plain">あの冷たさの中で到来する冬に思いをきたしたのは夢だったのだろうか。 今日も日中は２４度という気温。湿度が低いので「さわやか」と形容されるだろうが、それでも私は生暖かいと感じてしまう。 このところで二冊新刊本が刊行された。 一冊は昨年理論社から出版された「ザ・ママの研究」が、出版社をイーストプレスに変えて新たに「増補・ザ・ママの研究」として刊行された。理論社バージョンに加えて、「付録ザ・パパも研究」を書き足している。表紙のデザインも微妙に変わっているので、見比べてみるとおもしろい。よくあるクイズみたいで、何か所違っているか…みたいだ。 もう一冊は「母が重くてたまらない・墓守娘の嘆き」の続編である「さよなら、お母さん：墓守娘が決断する時」（春秋社）だ。発売は１７日、原宿カウンセリングセンターでは特別にすでに売っているけれど。 アマゾンでは予約受付中。 春秋社のweb連載したものをベースにしているが、かなり変えて解説も新たに書いた。なにしろ出版社に計４日間も缶詰め状態で書きまくった本である。 お待たせしました、と言いたい。 さて講演のお知らせ欄にもアップしているが、明後日14日の金曜日、午後6時からノルウエー大使館で「パパと怒り鬼」（ひさかたチャイルド社）発売記念講演会が開かれる。 これは父のDVを目撃した子供の目線で書かれた絵本だが、絵といい文章といい、DVという実に難しいテーマを美しく詩情豊かに描かれている。 3人の女性の努力で日本での出版が実現したようだが、引き受けてくれる出版社もなかなかみつからなかったようだ。それほどまでにDVを子供向けの絵本として出版することは困難を極めた。 おそらくDVそのものが絵本となじまないと思われたのだろう。 もうひとつは、子供への影響を強調すると、当のDV被害者＝母親がさらに自責感を強めてしまうのではという危惧も働いただろう。 いろいろな点から、ある意味でリスキーなテーマであるが、完成した本はこの上なくすばらしい。これもひとえに訳者である大島かおりさんの上品で、詩的、かつ抑制の効いた文章のおかげだろう。 もともと「モモ」（岩波書店）はもちろん、ノーマ・フィールド著「天皇の逝く国で」（みすず書房）を読んでいたく文章に感動した記憶がある。 昨晩は渋谷で出版社、3人の女性（出版仕掛け人？）、私と大島かおりさん、今回の講演会にノルウエーから来日された精神看護師であるオイヴィンさんも加わり、打ち上げ会が開かれた。62歳の彼はDV加害者プログラムのファシリテーターも務めている人である。 私もその絵本のあとがきの一部を書いているが、3人の仕掛け人のひとりDV防止ながさきの中田慶子さんが、絵本完成の折はノルウエーから招聘した人と信田さんも含めて講演会を開けたらいいと妄想している、というメールをくれた。私は妄想はたいてい実現するので、きっと現実になるでしょうと答えたのだがこのように早く実現するとは思わなかった。 大島さんにお会いできた余韻もさめやらぬうちにと、帰宅後もういちど「パパと怒り鬼」を読み直した。すると不思議なことに一回目ではわからなかった細部が浮かび上がってくるではないか。 大島さんがどれほど細心の注意を払って訳されたかがよくわかる。 読者のひとりの感想文にもあったが、「息子は父親のことをきらいになりたくないのだ」ということ。 これはDV被害者である母が子供を連れて逃げるとき、特にそれが息子の場合、重要なポイントになると思う。 絵本のパパのように、暴力を謝罪し、なんとか変わろう、暴力をふるわないように変化しようと努力する姿を見て、主人公の少年は「ああ、これでパパをきらいにならなくて済む」と思ったのではないだろうか。 ネタバレになるわけではないが、読む者に重いけれど深い感動をもたらす絵本である。 さらに医学書院web連載かんかん！の第一部「カウンセラーは見た」が終了した。 小説というフィクションの形式をとりながら、いくつかの論点をちりばめながら書いてきたが、第二部では「カウンセラーを見る」としてこれまであまり書かれてこなかったカウンセリングについての視点、さらには私の経験に基づく援助論を書く予定である。 すでに医学書院からは「アディクションアプローチ」（1999）を出版しているので、12年間経って（干支が一巡してから）新たに援助論を書くつもりである。どうか乞うご期待！ なんだか本と連載の宣伝になってしまったが、ちゃんとミーハーしているのでご心配なく。新たな韓流の潮流にも乗ってるし、セカバーの長谷川君もチェック済み・・・ふふふ～...</summary>
    <author>
      <name>sayoko</name>
      
      <email>ugp35311@nifty.com</email>
    </author>
    <dc:subject>著作・解説</dc:subject>
    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.hcc-web.co.jp/blog/">
      <![CDATA[<p>あの冷たさの中で到来する冬に思いをきたしたのは夢だったのだろうか。<br />
今日も日中は２４度という気温。湿度が低いので「さわやか」と形容されるだろうが、それでも私は生暖かいと感じてしまう。<br />
このところで二冊新刊本が刊行された。<br />
一冊は昨年理論社から出版された「ザ・ママの研究」が、出版社をイーストプレスに変えて新たに「増補・ザ・ママの研究」として刊行された。理論社バージョンに加えて、「付録ザ・パパも研究」を書き足している。表紙のデザインも微妙に変わっているので、見比べてみるとおもしろい。よくあるクイズみたいで、何か所違っているか…みたいだ。</p>

<p>もう一冊は「母が重くてたまらない・墓守娘の嘆き」の続編である「さよなら、お母さん：墓守娘が決断する時」（春秋社）だ。発売は１７日、原宿カウンセリングセンターでは特別にすでに売っているけれど。<br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%81%95%E3%82%88%E3%81%AA%E3%82%89%E3%80%81%E3%81%8A%E6%AF%8D%E3%81%95%E3%82%93-%E5%A2%93%E5%AE%88%E5%A8%98%E3%81%8C%E6%B1%BA%E6%96%AD%E3%81%99%E3%82%8B%E6%99%82-%E4%BF%A1%E7%94%B0-%E3%81%95%E3%82%88%E5%AD%90/dp/4393366387/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1318422133&sr=1-1" target="_ blank">アマゾンでは予約受付中。</a><br />
春秋社のweb連載したものをベースにしているが、かなり変えて解説も新たに書いた。なにしろ出版社に計４日間も缶詰め状態で書きまくった本である。<br />
お待たせしました、と言いたい。</p>

<p>さて講演のお知らせ欄にもアップしているが、明後日14日の金曜日、午後6時からノルウエー大使館で「パパと怒り鬼」（ひさかたチャイルド社）発売記念講演会が開かれる。<br />
これは父のDVを目撃した子供の目線で書かれた絵本だが、絵といい文章といい、DVという実に難しいテーマを美しく詩情豊かに描かれている。<br />
3人の女性の努力で日本での出版が実現したようだが、引き受けてくれる出版社もなかなかみつからなかったようだ。それほどまでにDVを子供向けの絵本として出版することは困難を極めた。<br />
おそらくDVそのものが絵本となじまないと思われたのだろう。<br />
もうひとつは、子供への影響を強調すると、当のDV被害者＝母親がさらに自責感を強めてしまうのではという危惧も働いただろう。<br />
いろいろな点から、ある意味でリスキーなテーマであるが、完成した本はこの上なくすばらしい。これもひとえに訳者である大島かおりさんの上品で、詩的、かつ抑制の効いた文章のおかげだろう。<br />
もともと「モモ」（岩波書店）はもちろん、ノーマ・フィールド著「天皇の逝く国で」（みすず書房）を読んでいたく文章に感動した記憶がある。</p>

<p>昨晩は渋谷で出版社、3人の女性（出版仕掛け人？）、私と大島かおりさん、今回の講演会にノルウエーから来日された精神看護師であるオイヴィンさんも加わり、打ち上げ会が開かれた。62歳の彼はDV加害者プログラムのファシリテーターも務めている人である。<br />
私もその絵本のあとがきの一部を書いているが、3人の仕掛け人のひとりDV防止ながさきの中田慶子さんが、絵本完成の折はノルウエーから招聘した人と信田さんも含めて講演会を開けたらいいと妄想している、というメールをくれた。私は妄想はたいてい実現するので、きっと現実になるでしょうと答えたのだがこのように早く実現するとは思わなかった。<br />
大島さんにお会いできた余韻もさめやらぬうちにと、帰宅後もういちど「パパと怒り鬼」を読み直した。すると不思議なことに一回目ではわからなかった細部が浮かび上がってくるではないか。<br />
大島さんがどれほど細心の注意を払って訳されたかがよくわかる。</p>

<p>読者のひとりの感想文にもあったが、「息子は父親のことをきらいになりたくないのだ」ということ。<br />
これはDV被害者である母が子供を連れて逃げるとき、特にそれが息子の場合、重要なポイントになると思う。<br />
絵本のパパのように、暴力を謝罪し、なんとか変わろう、暴力をふるわないように変化しようと努力する姿を見て、主人公の少年は「ああ、これでパパをきらいにならなくて済む」と思ったのではないだろうか。<br />
ネタバレになるわけではないが、読む者に重いけれど深い感動をもたらす絵本である。</p>

<p>さらに医学書院web連載かんかん！の第一部「カウンセラーは見た」が終了した。<br />
小説というフィクションの形式をとりながら、いくつかの論点をちりばめながら書いてきたが、第二部では「カウンセラーを見る」としてこれまであまり書かれてこなかったカウンセリングについての視点、さらには私の経験に基づく援助論を書く予定である。<br />
すでに医学書院からは「アディクションアプローチ」（1999）を出版しているので、12年間経って（干支が一巡してから）新たに援助論を書くつもりである。どうか乞うご期待！</p>

<p>なんだか本と連載の宣伝になってしまったが、ちゃんとミーハーしているのでご心配なく。新たな韓流の潮流にも乗ってるし、セカバーの長谷川君もチェック済み・・・ふふふ～<br />
</p>]]>
      
    </content>
  </entry>
  <entry>
    <title>再びきんもくせいの香る季節がめぐってきた</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.hcc-web.co.jp/blog/archives/000871.html" />
    <modified>2011-10-01T17:46:17Z</modified>
    <issued>2011-10-02T02:46:17+09:00</issued>
    <id>tag:www.hcc-web.co.jp,2011:/blog//2.871</id>
    <created>2011-10-01T17:46:17Z</created>
    <summary type="text/plain">今週の半ばごろから、風に乗ってあのきんもくせいの匂いが漂ってくるようになった。 年を重ねるにつれて歳月の流れる速度が増してくるというのはほんとうだった。昨年もたしかこんなことをブログでアップして記憶がある。それにしても、気温のせいか、それとも彼岸過ぎて昼が短くなったせいか、ある日突然あの甘い匂いが私を襲うのだ。 不意を突かれるという言葉がぴったり当てはまる経験で、毎年そのたびに「ああ、秋なんだ」と思う。堀辰雄のように「風の音にぞおどろかれぬる」のではなく、私はやはりあの匂いである。 春は沈丁花の匂い。 さて、今日は大妻女子大学で東京社会福祉士会と性暴力禁止法をつくろうネットワークの共同開催で「性犯罪者処遇プログラム」について講演した。 教科書的なことはあまり話しても面白くないのだが、やはり知識は必要だと思う。というわけで、けっこうまじめに欧米の歴史、日本での性犯罪者を対象としたプログラムが開始されるまでの経緯などを話した。もちろん私もそのネットワークのMLに加わっており支援している。 終了後参加していたさまざまな方たちと名刺交換したり資料をいただいたりした。従軍慰安婦問題にかかわっていたり、サバイバーだったり（この言葉はカムアウトするとき非常に有効だ）、女性保護施設の施設長だったり・・・、お名前だけでちゃんとあいさつしたことがなかった人もいたり。 アディクションの業界の集まりも熱いし、ほんとにその中にいると気持ちがいいのだが、今日の集まりはまた違った意味で熱くエネルギーをもらえた。 あれはなんだろう、もちろん私の何かと共鳴し感応しているからなのだろうが、強烈な当事者性というものが私を惹きつけるのかもしれない。 フェミ系のひとは一発でわかるし、会って一分後にお友達になれる。 私の中のフェミの血がさわぐのかもしれんなあ・・・、っていうより「私」がそのまま全面に出ているひと、それも押しつけがましくもなくヘンに上下関係の査定をされることもなく、直球ストライクで向かってくるひとが好ましいのだ。女性はね。 今だったらさしずめなでしこジャパンのゴールみたいな感じとでもいおうか。そんな雰囲気があちこちに漂っていて、私はとても幸せで満たされていた。 先日のACのグループカウンセリングで、きんもくせいの香りでフラッシュバックする経験を続けてきたひとの話を聞いた。フラバは音、気温、視覚、そして匂いが引き金になったりする。しかし季節が何度もめぐることで、彼女は初めてきんもくせいの匂いを落ち着いてかぐことができるようになったという。 つくづく加害は一瞬、被害は一生という残酷な言葉を思い出す。 しかし、その言葉を現実のものとしてはならない。 ただじゃおかないんだから！被害をうけたことを絶対意味あるものとしてやる！。こんな気概をもつて生きてほしい。だからこそ信じられなくてもとりあえず助けの手を伸ばす。手当たり次第利用する。 むき出しの当事者性は、どこか怖いところもあるし、全身から針を突き立てているようにも思える。しかし私はそれが好きなのだ。 今日の講演は、そういった私を再確認できた。 帰りは暗くなってしまっており、道に迷ってしまった。千代田区1番町という地名の周辺をうろうろ歩き回った。街灯も薄暗い高級マンションの林立する通りには、きんもくせいの樹の生垣が続いていた。 その香りを胸に吸い込みながら、つかの間の夜の散歩を楽しみながら駅にたどりついた。...</summary>
    <author>
      <name>sayoko</name>
      
      <email>ugp35311@nifty.com</email>
    </author>
    <dc:subject>講演</dc:subject>
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      <![CDATA[<p>今週の半ばごろから、風に乗ってあのきんもくせいの匂いが漂ってくるようになった。<br />
年を重ねるにつれて歳月の流れる速度が増してくるというのはほんとうだった。昨年もたしかこんなことをブログでアップして記憶がある。それにしても、気温のせいか、それとも彼岸過ぎて昼が短くなったせいか、ある日突然あの甘い匂いが私を襲うのだ。<br />
不意を突かれるという言葉がぴったり当てはまる経験で、毎年そのたびに「ああ、秋なんだ」と思う。堀辰雄のように「風の音にぞおどろかれぬる」のではなく、私はやはりあの匂いである。<br />
春は沈丁花の匂い。</p>

<p>さて、今日は大妻女子大学で東京社会福祉士会と性暴力禁止法をつくろうネットワークの共同開催で「性犯罪者処遇プログラム」について講演した。<br />
教科書的なことはあまり話しても面白くないのだが、やはり知識は必要だと思う。というわけで、けっこうまじめに欧米の歴史、日本での性犯罪者を対象としたプログラムが開始されるまでの経緯などを話した。もちろん私もそのネットワークのMLに加わっており支援している。<br />
終了後参加していたさまざまな方たちと名刺交換したり資料をいただいたりした。従軍慰安婦問題にかかわっていたり、サバイバーだったり（この言葉はカムアウトするとき非常に有効だ）、女性保護施設の施設長だったり・・・、お名前だけでちゃんとあいさつしたことがなかった人もいたり。<br />
アディクションの業界の集まりも熱いし、ほんとにその中にいると気持ちがいいのだが、今日の集まりはまた違った意味で熱くエネルギーをもらえた。<br />
あれはなんだろう、もちろん私の何かと共鳴し感応しているからなのだろうが、強烈な当事者性というものが私を惹きつけるのかもしれない。<br />
フェミ系のひとは一発でわかるし、会って一分後にお友達になれる。<br />
私の中のフェミの血がさわぐのかもしれんなあ・・・、っていうより「私」がそのまま全面に出ているひと、それも押しつけがましくもなくヘンに上下関係の査定をされることもなく、直球ストライクで向かってくるひとが好ましいのだ。女性はね。<br />
今だったらさしずめなでしこジャパンのゴールみたいな感じとでもいおうか。そんな雰囲気があちこちに漂っていて、私はとても幸せで満たされていた。</p>

<p>先日のACのグループカウンセリングで、きんもくせいの香りでフラッシュバックする経験を続けてきたひとの話を聞いた。フラバは音、気温、視覚、そして匂いが引き金になったりする。しかし季節が何度もめぐることで、彼女は初めてきんもくせいの匂いを落ち着いてかぐことができるようになったという。<br />
つくづく加害は一瞬、被害は一生という残酷な言葉を思い出す。<br />
しかし、その言葉を現実のものとしてはならない。<br />
ただじゃおかないんだから！被害をうけたことを絶対意味あるものとしてやる！。こんな気概をもつて生きてほしい。だからこそ信じられなくてもとりあえず助けの手を伸ばす。手当たり次第利用する。<br />
むき出しの当事者性は、どこか怖いところもあるし、全身から針を突き立てているようにも思える。しかし私はそれが好きなのだ。<br />
今日の講演は、そういった私を再確認できた。<br />
帰りは暗くなってしまっており、道に迷ってしまった。千代田区1番町という地名の周辺をうろうろ歩き回った。街灯も薄暗い高級マンションの林立する通りには、きんもくせいの樹の生垣が続いていた。<br />
その香りを胸に吸い込みながら、つかの間の夜の散歩を楽しみながら駅にたどりついた。<br />
</p>]]>
      
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    <title>台風の前兆を感じつつ彼岸花を眺める</title>
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    <modified>2011-09-20T12:49:09Z</modified>
    <issued>2011-09-20T21:49:09+09:00</issued>
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    <created>2011-09-20T12:49:09Z</created>
    <summary type="text/plain">２０１１年はなんという年だろう、と嘆きたくなるほどの災害の多さだ。 東日本大震災はいうまでもなく、紀伊半島の豪雨と土砂災害、そして今日もまた台風による豪雨災害の報道である。 紀伊半島、特に世界遺産にも指定されている熊野川流域の被害はまさに壊滅的と言っていい光景だった。ただ、悲しいかな、私の中にデジャブ感が湧く。あの津波被害とそっくりなのだ。 一説によると、土砂が逆流して流れがぶつかり、衝突点ではは巨大な水柱が天に向かって立ちのぼったという。 水の神様（ギリシャ神話ならポセイドンだ）が怒ったとでもいうのだろうか、津波といい川の氾濫といい、そしてあの「深層崩壊」である。誰かが「本の題名にしてもいいような言葉だね」といったが、雨水の威力というのは山をも崩壊させてしまうのだ。びっくりした～ 今朝はぐんと気温が下がったかと思ったが、今また生暖かい風が吹き明日午後にも関東に台風が上陸するとの予報である。 久々に上水脇の散歩をしていたら、もう真紅の彼岸花が開いていた。桜もそうだが、ふだん何もない草叢と思っていたところに、むくむくと花茎が伸びてあのくねくねとした妖艶な花びらを開く。突然の邂逅とも思え、その意外性が彼岸花の面白いところだ。 毎年、ああここに咲くんだな、来年はおぼえとこう、と心づもりをするのだが、ついつい忘れてしまって、お彼岸になると「あれ、こんなところに」とどっきりさせられる。 来週の火曜日、横浜の朝日カルチャーセンターで講演予定。 震災後の家族を考えるのと同時に、今だからこそ「支援」について考えようという意図だ。パワーポイントを使って講演するつもりなので、まとまった話になると思う。どうかお近くの方、聞きに来てください。...</summary>
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      <name>sayoko</name>
      
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      <![CDATA[<p>２０１１年はなんという年だろう、と嘆きたくなるほどの災害の多さだ。<br />
東日本大震災はいうまでもなく、紀伊半島の豪雨と土砂災害、そして今日もまた台風による豪雨災害の報道である。<br />
紀伊半島、特に世界遺産にも指定されている熊野川流域の被害はまさに壊滅的と言っていい光景だった。ただ、悲しいかな、私の中にデジャブ感が湧く。あの津波被害とそっくりなのだ。<br />
一説によると、土砂が逆流して流れがぶつかり、衝突点ではは巨大な水柱が天に向かって立ちのぼったという。<br />
水の神様（ギリシャ神話ならポセイドンだ）が怒ったとでもいうのだろうか、津波といい川の氾濫といい、そしてあの「深層崩壊」である。誰かが「本の題名にしてもいいような言葉だね」といったが、雨水の威力というのは山をも崩壊させてしまうのだ。びっくりした～</p>

<p>今朝はぐんと気温が下がったかと思ったが、今また生暖かい風が吹き明日午後にも関東に台風が上陸するとの予報である。<br />
久々に上水脇の散歩をしていたら、もう真紅の彼岸花が開いていた。桜もそうだが、ふだん何もない草叢と思っていたところに、むくむくと花茎が伸びてあのくねくねとした妖艶な花びらを開く。突然の邂逅とも思え、その意外性が彼岸花の面白いところだ。<br />
毎年、ああここに咲くんだな、来年はおぼえとこう、と心づもりをするのだが、ついつい忘れてしまって、お彼岸になると「あれ、こんなところに」とどっきりさせられる。</p>

<p>来週の火曜日、横浜の朝日カルチャーセンターで講演予定。<br />
震災後の家族を考えるのと同時に、今だからこそ「支援」について考えようという意図だ。パワーポイントを使って講演するつもりなので、まとまった話になると思う。どうかお近くの方、聞きに来てください。</p>]]>
      
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