2010年06月12日

いくつか

原稿とりたての編集者のことを某氏にならって「鬼編」と呼んでいる。このところ身辺にオニヘンが出没しているような・・・
相変わらず仕事のペースを落とすことはできず、どんどん講演依頼も増えるいっぽうだし。
そんな生活にあって、文化の香りだけは絶やすことができないのである。
エマーソン弦楽四重奏団の演奏会に行った。曲目がなかなかだった。ドボルザークはもちろんのこと、初めて聞いてすっかりはまってしまった曲がある。
ヤナーチェクの「クロイツェルソナタ」だ。
村上春樹の「1Q84」以来、すっかりヤナーチェクの名前はポピュラーになってしまったが、それにしても最初の旋律から衝撃的である。

「文学界」(文藝春秋)では1Q84特集を組んでいる。中でも内田樹・沼野・都甲三氏による鼎談が秀逸であった。鼎談というのは、必ずひとりががっくりとレベルを落とすことになる不思議な構造をもっている。三者が等分に輝いている鼎談なんて読んだことがない。
誰がそれにあたるかは読んでみてのお楽しみ。

「ホームレスと自立/排除ー路上に<幸福を夢見る権利>はあるか」笹沼弘志(大月書店、2008)は参考になった。あまりに使い古された「自立」概念をていねいに解題してくれる。カウンセリングをしていると、あまりに多くの親たちが当たり前の言葉として「自立してほしい」と子どもに希望している。
無批判に用いられるようになった言葉は危うい、というのが私の実感である。生理的に拒否感をおぼえるほどである。たとえば「DV被害者の自立」とか・・・
そういうセンスがどうも受け入れられない。

週刊朝日の内館牧子のエッセイ「暖簾にひじ鉄」が超面白かった。言い間違え(いいまつがえ)の列挙である。
常滑焼をなめとこ焼、ネットで本を買うときにアマゾンをアラスカといった・・・「妻をめとらば」を「妻を寝とらば」、「目に青葉、山ほととぎす、花ガツオ」だって。
まだまだある、ボイコットをボッコイト、掃きだめに鶴を肥えだめに鶴。
くだらないことを書いてしまった。読みながらほんとに笑ってしまった私はヘンなのだろうか。

投稿者sayoko:03:14 | 読書