2010年05月05日
どうも釈然としないのだけど
昨日5月4日、鳩山首相の沖縄訪問のニュースが一斉に報道された。
とにかく多くのTVや新聞は、鳩山首相の決断力の無さと言葉のあいまいさ、発言を実行しない不誠実さを叩けばいいとばかりの論調だ。
これがもし、時間をまきもどして1960年代から70年代だったらどうだろう。
きっと「米軍基地は日本から出ていけ」「日米安保条約の不平等性をなくせ」「沖縄への過剰負担を是正しろ」といったデモが起きるだろう。
鳩山首相を叩いて、民主党政権批判をしてどうなるというのだろう。だって、みんなが選んだことによって日本で起きた政権交代の象徴として起きているのが普天間基地問題なのだ。
徳之島の人が反対するのを当然と思っているひとたちは、当然自分の住んでいる町に米軍基地がやってくることに反対するだろう。
それがそのまま沖縄のひとたちの苦しみを継続させることがわかっていても、どの自治体も手を上げないに違いない。
そんなずるさを秘めた基地問題であることを、皆が知っていてそれを言わない。
アメリカは徳之島案も、海上に滑走路建設案も蹴ったという。
どうして、そのことに抗議しないのだろう。
日本が今のままでいるためにはアメリカの基地が必要であることを誰も疑わないのだろう。そのうえで、まるでゲームのように普天間をどこか隙間を見つけて移設するという話にすりかわっている。
そうなれば、単に押し付け合いになり、結果として「今のままで、沖縄のひとにはもうしばらく我慢してもらいましょう」という落とし所に落ち着く可能性がある。
なぜ、日本の国土にこれほどまでの米軍基地が必要なのか、その大部分が沖縄という東アジアをにらんだ位置にある小さな島に集中しなければならなかったのか。
60年安保、その後の密約、70年安保改定、この流れを理解したうえで、時の政権が初めて普天間基地移設という地雷を踏んだことを私はそれでも評価したい。
オバマ大統領もそうだが、理想を掲げて当選した後は、必ずバックラッシュに見舞われるものだ。その時の本人の姿勢も重要だが、何よりマスコミの姿勢が重要ではないだろうか。
らくだが針の穴を通るようなことだろうが、民主党政権が公約に掲げたことを実施できるように、アメリカに抗議するくらいの気概をもったらどうなのだろう。
外国人参政権に反対している人たちは、どうして日本の国に大きな顔をして居座っているアメリカという国に対して「ナショナリズム」を主張しないのだろうか。
中国、北朝鮮、韓国に対してナショナリズムを掲げるのではなく、対米の自己主張をためらわないでほしい。
もちろん、複雑な国際情勢やダイナミズムから対米協調路線が必要なことはわかる。とすれば、鳩山叩きだけでは解決しないことも明らかではないだろうか。





