2010年03月07日

冬の再来

またまたお久しぶりとなりました。
猛烈に忙しく、さきほど神戸の学会からとんぼ返りしたところ。まるで桜の花が開花しそうな陽気から、今日は雪でもちらつきそうな寒さに逆戻りだ。
神戸まで日本トラウマティックストレス学会に勉強に行ってきた。
あの地震の直前、さらに1年後に訪れて以来久々であった。神戸はその意味でトラウマ研究の核になっている。
夜景は美しく、15年を経た復興は素晴らしいものがあった。

精神科医中心の学会であるが、EMDRやPFI(官民共同の刑務所=社会復帰支援センター)の演題まで、短時間にすべてが凝縮された内容の濃い学会である。
ランチョンセミナー(製薬会社が提供したお弁当を食べながら講義を聞く)では日本のうつ病をめぐる最新状況を知ることができた。
PTSDが「平和時の病」であること、もっとも新しい精神分析はフロイト以来の概念を用いながらもモジュールモデルともいうべき考え方で解離をとらえようとしていること。
さらに、加害者臨床のキモは「感情」にあるらしいこと。
さらに、クレペリンはうつを一元論的に把握していたが、その後躁鬱病のような二元論的把握が優勢になった。それがこのところ「双極二型障害」(新型うつ病)が臨床像として認められるようになり、再度一元論に回帰しつつある(要はスペクトラム的把握=連続体)のではないかということ。
特にランチョンセミナーのうつ病についてのレクチャーはおもしろく、スペクトラム現象は、SSRI・SNRI(セロトニン再取り込み阻害薬である抗うつ薬)の登場に伴っていること。
グラフで見て驚いたのだが、2000年前後にSSRIが認可され(パキシル・ジェイゾロフト・ルボックスなど)たとたんに、外来に押し寄せる自称うつ病患者が3倍に増えているのだ。これはアメリカやフランスとまったく同じ現象である。新薬の処方、外来精神科クリニックの増大、うつ病患者(感情障害)の増大が同時並行的に起きている。
さすがに、処方について過剰ではないか、安易な増量が行われているのではないか、患者の自己申告にそのままのっとってうつ病と診断しているのはまずいのではないか、などの議論が精神科医のあいだでもなされているようだ。
さらに、かつては躁的であることを抑制する社会だった(つまりうわついていると批判される)ことが二元論を支えていたが、今日ではうつ的なことが暗いとかうざいと排除され、お笑い全盛のように盛り上がって笑うこと(躁的)が至上の社会に変貌したことも背景にあって双極的に病態が変貌したのではないか、とのことである。

かつても論じたことがあるが、今の社会で自己責任を免れる最大の武器は「うつ病になること」なのかもしれない。DSMⅣ-TRの診断基準など、ネットですぐに検索できるため、おまけに原因論を問わない診断であるがゆえに厳しく自己を問い詰めることもなく、とにかく薬を飲んでいればいいという風潮がいっそう患者の増大を招いているような気がする。

以上、なかなか学ぶことの多い学会であった。
それにしても疲れている。新幹線で1時間ほど眠ったが全然疲れがとれない。

投稿者sayoko:23:00 | 日常雑感