2009年10月10日
台風一過
久々の台風があっという間に日本列島を縦断したかと思ったら、もう今夜はきんもくせいの香りが夜道に漂っている。
昨年より早く秋が深まったような気がする。
猛烈な風が、すべてを吹き飛ばしてしまい、西高東低の冬型気圧配置をもたらした。北海道の山では冠雪がみられ、紅葉も早く訪れるのだとか。
裁判員制度が導入されて何かと話題になっているが、性犯罪、とくに親密な関係にあった男から女への暴力(DV犯罪)については、裁判官も、裁判員も被害者心理をきちんと勉強してから裁判に臨んでほしい。
性犯やDVにかかわっている専門家にとっては半ば常識なのだが、あまりに一般のひとがそれを知らない。
たとえば、「なぜあなたは逃げなかったのですか?」「ストッキングが破れていませんが、それほど抵抗しなかったのではないですか?」「なぜあんなショックな事態があった後で、冷静に食事を摂ったのですか」などなどだ。
およそ、被害者の心理を理解(あえてこの言葉を使うことにする)していない発言の連続だ。
そう聞かれる被害者の心境、答えてもおそらく理解されないだろう絶望感、自分でも説明できない行動をどう言えばいいのか。
性犯罪被害者としての経験を語れるひとが出てきたのは、ほんのここ数年のことだ。
それまでは、誰もわかってくれない(家族も、友人も、まして警察官も・・・)と思い、自分の感覚のほうが間違っていると考え、泣き寝入りをしていたのだろう。
もしくは、警察の調書のストーリーに自分を合わせてきたのだろう。
最近は取り調べに女性警察官が同席するようになったが、屈辱的な時間であることに変わりはない。
経験そのものがショックなのに、それを言葉や姿勢で「再現」しなければならないのだ。
性犯罪とDV犯罪のとりあつかいに関しては、被害者はこれまでの常識的フォーマットに沿った反応などしないということをまず前提にしてほしい。
性的対象とされたときの恐怖は言い難いものである。声も出ず、身動きすらできないほどだという。それなのに「どうしてもっと抵抗しなかったのか?」と男性裁判官がたずねる。
先日の岐阜での裁判員制度では、親密だった男性との関係がどうして傷害事件にまで発展したと思うか、と裁判員が「積極的」に質問したという。
それをほめるような新聞記事もあり、驚いた。
これまでの男性目線で作成された性犯罪被害者、もしくは暴力被害者の行動についての先入観をすべて破棄してほしい。
被害者の恐怖が極点に達すると、はたからは無抵抗に見えたり、動揺せず落ち着いているようにすら見える(解離的)。冷静に自分のことを語ったりする。
それを、警察官は「平気な顔をしている」「泣いたりしない、かわいげのない女」などととらえてしまう。
恐怖は、丸出しになるわけではない。
むしろ、過度な落ち着きと強がり、されるがままになる無抵抗な態度となって現れる。そして、被害の影響が表れるには一定程度の時間がかかり、深刻な影響は極端なことをいえばその女性の今後の人生すべてを支配する。
AVやポルノ、エロゲーの影響で、すべての女性があんなものだと思うのは危険だ。男性に対して「被害の影響で苦しんでいる」ということを示すことは、彼女たちのプライドを傷つけるので、かなりのエネルギーを使って「なんでもなかったんだ」という態度で日々暮らす努力をしているのだ。
そのことを多くの男性にわかってほしい。もちろん性被害は男性にも起こる。その場合はもっと複雑でもっと深刻な影響が残ることはいうまでもない。





