2012年02月04日
「ALWAYS三丁目の夕日‘64」は喪失の映画である。
風邪で超体調が悪いためいろいろ不義理を働いてしまった皆様すみません。
薬を飲んでたっぷり眠る、これが回復のための王道だろう。が、私は近場の映画館に出かけ(もちろん着ぶくれ状態で)、エンタテイメント系の映画のロードショーをガラガラの観客席に座って、熱くて甘いココア(自販機で買う)をすすりながら見ることにしている。
というわけでM.I(ミッションインポシブル)にしようか迷ったが、結果的には「ALWAYS三丁目の夕日‘64」(山崎貴監督)を観た。このシリーズを映画館で見るのは最初だったが、薬のせいかぼんやりした頭だったがすっかり見入ってしまい楽しんだ。心なしか体調も少しよくなったみたいだ。エンタテイメント系の映画で満足する作品は意外と少ない。アバター、タイタニック、スターウォーズとやはりハリウッド系になってしまう。本作品はその点でも評価できる。
場所柄もあるだろうが周囲は高齢者と下校途中の高校生ばかり。途中からは鼻をすする音が聞こえ、感動力満点。そうそう、3Dだったので、画面迫力も満点。東京タワーの尖塔が客席まで突っ込みそうに見えるのだった。
しかし、これは「喪失の映画」である。すべてが失われてしまったことの確認を強いる映画という意味だ。
ノスタルジー、絆再確認の感動巨編などというものではない。1964年、東京オリンピック開催、新幹線開通といった日本の存在を世界に知らしめようとする数々の達成を成し遂げたあのエネルギーは、もうない。
断っておくが、喪失とは、山の頂上に上り詰め、はるか来し方を眺めつつここに至るまでに失われてしまったものへの惜別の情に襲われる、ということを意味しているわけではない。たしかに私たちは山の頂上(それがどこなのか、何を意味するのかは別として)に上り詰めたと思っていた。追いつけ追い越せとひたすら頑張り続けた成果を手にしたと思っていた。
あこがれのヨーロッパに旅すれば、日本企業名を冠した電飾宣伝を目にし「ああ、日本は先進国の仲間入りをした」と深い満足感を得た。
映画でも、堤真一ふんする自動車修理の街工場主が、特別のお祝いにと「ウイスキーをもってこい」というのだ。あのころ、どんな田舎の家にもスコッチウイスキーの瓶が飾ってあったものだ。特別な日にちびちびと飲むことが最高の贅沢だったことを思い出した。
のぼりつめたかどうかわからないうちに、この国は下り坂をゆっくりとたどろうとしている。男女平等政策達成度はおそろしく世界でも低いが、経済力からすれば間違いなく「大国」と呼ばれるほどに到達したことは確かだろう。震災後の日本を見るたびにその感を強くする。
頂きらしきところにいたのだが、ずるずると下っている。下りながらそのことをどうとらえていいのかわからない。その感覚だけが日本社会を覆っている。その不安、あきらめ、困惑の中で、あの64年を見るのだ。
映画の中の中卒の集団就職者たちの置かれた状況は、今の就職難の大学生よりはるかに過酷である。しかし、「全力でしあわせにします」というプロポーズ、「不幸にしたらただじゃおかない」というベタな言葉、そしてしょっちゅう登場する拳骨(今なら虐待だ)。疑いもなく存在した拘束、愛、ロマンチックラブ、そして未来。
すべてが確かで堅固であり、だからこそ生まれる苦しみや葛藤が描かれる。
下り坂をたどりながら、同じ坂道を汗をかきながらのぼっているひとたちの「疑いのなさ」を、映画の画面越しに、私たちははるか遠くにあるもののように見る。そして、それらをすべて失ってしまったことを突きつけられるのだ。
たしかに感動的であり、寅さんシリーズに見られるようなお約束事に満ちた良質の映画だ。何より出演者が豪華であり、それぞれの持ち味が生かされてひとつの交響曲のようなふくらみを感じる。
しかし、私に残されたのは深い喪失感だった。
首都直下型地震の不安、放射能、そして日本経済の低迷。ひそかに首都圏を脱出したひともいる中で、映画の最終場面は、だからこそこの上なく輝いている。
荒川の土手から東京タワーの向こうに沈む夕日を見る堤真一と薬師丸夫妻、吉岡隆秀と小雪夫妻が夕日町の商店街越しに見る夕日。それらの瞳に宿る「希望」の片りんを私たちが取り戻す時は来るのだろうか。
最高気温が5度を下回る立春(節分)の夜、映画を観ながら流した涙の跡と、胸に突き刺さったかすかな喪失の痛みを抱えながら帰途についた。
少し体調がよくなったのは、久々に感動できる映画に出会えたせいだろうか。





