2008年12月26日

DV・DV・DV・暴力・暴力

別に冗談でつけた題名じゃないので誤解しないでもらいたい。
あと1日で私の年内の勤務も終わる。正確には日曜(28日)までオープンしているが、今年は(例年のことだけど)かけこみの申し込みが多い。
そのほとんどが、暴力がらみである。
子どもから責められる、ひきこもっている息子が不安定である、などなどだが、多くは(ほとんどが)そう訴える母親が夫(つまり子供にとっての父)から有形無形のDVを受けている。
妻の言い分を聞くと、彼らのおよそ信じられない言動が浮かび上がる。ほんとに書けないのが残念だ。この私にして、思わず「お、お〜」「え、え〜」としか声を発することができないようなできごとなのだ。
今の日本で暴力の相談は、警察以外では受け付けてくれる臨床機関は少ないのではないだろうか。特に家族という親密圏における暴力をきっちりと受け止めて適切な対応をしているのは、ひょっとして私たちだけ?などとこっそり自負している。
このように社会が不安定さを増し、閉塞感が漂ってくると、追い詰められたひとたちのはけ口が家族という外部から遮断された場へと還流する。そんな空気の中で、歳末を迎えることの不安・恐怖に駆られた人たちが駆け込みでカウンセリングを申し込むのかもしれないと思う。
見ようによっては、原宿カウンセリングセンターは一大DV被害者支援センターかもしれないとさえ思う。それも加害者へのアプローチを辞さない、極めて大胆な支援を行う臨床機関である。
ちょっと誇大的かもしれないが、アメリカの文献をチャラチャラ翻訳して、一週間のうちのたった一日を臨床にあてて、それで「はい、私は被害者支援の専門家ですよ」などと言っている臨床家とは、私たちは全然違うのだ。
研究者より臨床家のほうが下位に位置するわけではないことを示したい。これは別に競合的意見、コンプレックスの裏返しとしてでなく、掛け値なしにそう思うからである。
来年もそのことを広く発信していくために、私は毎晩パソコンのキーボードに向かい、多くの文章を書き続けるだろう。

投稿者sayoko:01:32 |