2011年10月12日
新刊本!「増補ザ・ママの研究」「さよなら、お母さん:墓守娘が決断する時」
あの冷たさの中で到来する冬に思いをきたしたのは夢だったのだろうか。
今日も日中は24度という気温。湿度が低いので「さわやか」と形容されるだろうが、それでも私は生暖かいと感じてしまう。
このところで二冊新刊本が刊行された。
一冊は昨年理論社から出版された「ザ・ママの研究」が、出版社をイーストプレスに変えて新たに「増補・ザ・ママの研究」として刊行された。理論社バージョンに加えて、「付録ザ・パパも研究」を書き足している。表紙のデザインも微妙に変わっているので、見比べてみるとおもしろい。よくあるクイズみたいで、何か所違っているか…みたいだ。
もう一冊は「母が重くてたまらない・墓守娘の嘆き」の続編である「さよなら、お母さん:墓守娘が決断する時」(春秋社)だ。発売は17日、原宿カウンセリングセンターでは特別にすでに売っているけれど。
アマゾンでは予約受付中。
春秋社のweb連載したものをベースにしているが、かなり変えて解説も新たに書いた。なにしろ出版社に計4日間も缶詰め状態で書きまくった本である。
お待たせしました、と言いたい。
さて講演のお知らせ欄にもアップしているが、明後日14日の金曜日、午後6時からノルウエー大使館で「パパと怒り鬼」(ひさかたチャイルド社)発売記念講演会が開かれる。
これは父のDVを目撃した子供の目線で書かれた絵本だが、絵といい文章といい、DVという実に難しいテーマを美しく詩情豊かに描かれている。
3人の女性の努力で日本での出版が実現したようだが、引き受けてくれる出版社もなかなかみつからなかったようだ。それほどまでにDVを子供向けの絵本として出版することは困難を極めた。
おそらくDVそのものが絵本となじまないと思われたのだろう。
もうひとつは、子供への影響を強調すると、当のDV被害者=母親がさらに自責感を強めてしまうのではという危惧も働いただろう。
いろいろな点から、ある意味でリスキーなテーマであるが、完成した本はこの上なくすばらしい。これもひとえに訳者である大島かおりさんの上品で、詩的、かつ抑制の効いた文章のおかげだろう。
もともと「モモ」(岩波書店)はもちろん、ノーマ・フィールド著「天皇の逝く国で」(みすず書房)を読んでいたく文章に感動した記憶がある。
昨晩は渋谷で出版社、3人の女性(出版仕掛け人?)、私と大島かおりさん、今回の講演会にノルウエーから来日された精神看護師であるオイヴィンさんも加わり、打ち上げ会が開かれた。62歳の彼はDV加害者プログラムのファシリテーターも務めている人である。
私もその絵本のあとがきの一部を書いているが、3人の仕掛け人のひとりDV防止ながさきの中田慶子さんが、絵本完成の折はノルウエーから招聘した人と信田さんも含めて講演会を開けたらいいと妄想している、というメールをくれた。私は妄想はたいてい実現するので、きっと現実になるでしょうと答えたのだがこのように早く実現するとは思わなかった。
大島さんにお会いできた余韻もさめやらぬうちにと、帰宅後もういちど「パパと怒り鬼」を読み直した。すると不思議なことに一回目ではわからなかった細部が浮かび上がってくるではないか。
大島さんがどれほど細心の注意を払って訳されたかがよくわかる。
読者のひとりの感想文にもあったが、「息子は父親のことをきらいになりたくないのだ」ということ。
これはDV被害者である母が子供を連れて逃げるとき、特にそれが息子の場合、重要なポイントになると思う。
絵本のパパのように、暴力を謝罪し、なんとか変わろう、暴力をふるわないように変化しようと努力する姿を見て、主人公の少年は「ああ、これでパパをきらいにならなくて済む」と思ったのではないだろうか。
ネタバレになるわけではないが、読む者に重いけれど深い感動をもたらす絵本である。
さらに医学書院web連載かんかん!の第一部「カウンセラーは見た」が終了した。
小説というフィクションの形式をとりながら、いくつかの論点をちりばめながら書いてきたが、第二部では「カウンセラーを見る」としてこれまであまり書かれてこなかったカウンセリングについての視点、さらには私の経験に基づく援助論を書く予定である。
すでに医学書院からは「アディクションアプローチ」(1999)を出版しているので、12年間経って(干支が一巡してから)新たに援助論を書くつもりである。どうか乞うご期待!
なんだか本と連載の宣伝になってしまったが、ちゃんとミーハーしているのでご心配なく。新たな韓流の潮流にも乗ってるし、セカバーの長谷川君もチェック済み・・・ふふふ~





