2011年10月02日
再びきんもくせいの香る季節がめぐってきた
今週の半ばごろから、風に乗ってあのきんもくせいの匂いが漂ってくるようになった。
年を重ねるにつれて歳月の流れる速度が増してくるというのはほんとうだった。昨年もたしかこんなことをブログでアップして記憶がある。それにしても、気温のせいか、それとも彼岸過ぎて昼が短くなったせいか、ある日突然あの甘い匂いが私を襲うのだ。
不意を突かれるという言葉がぴったり当てはまる経験で、毎年そのたびに「ああ、秋なんだ」と思う。堀辰雄のように「風の音にぞおどろかれぬる」のではなく、私はやはりあの匂いである。
春は沈丁花の匂い。
さて、今日は大妻女子大学で東京社会福祉士会と性暴力禁止法をつくろうネットワークの共同開催で「性犯罪者処遇プログラム」について講演した。
教科書的なことはあまり話しても面白くないのだが、やはり知識は必要だと思う。というわけで、けっこうまじめに欧米の歴史、日本での性犯罪者を対象としたプログラムが開始されるまでの経緯などを話した。もちろん私もそのネットワークのMLに加わっており支援している。
終了後参加していたさまざまな方たちと名刺交換したり資料をいただいたりした。従軍慰安婦問題にかかわっていたり、サバイバーだったり(この言葉はカムアウトするとき非常に有効だ)、女性保護施設の施設長だったり・・・、お名前だけでちゃんとあいさつしたことがなかった人もいたり。
アディクションの業界の集まりも熱いし、ほんとにその中にいると気持ちがいいのだが、今日の集まりはまた違った意味で熱くエネルギーをもらえた。
あれはなんだろう、もちろん私の何かと共鳴し感応しているからなのだろうが、強烈な当事者性というものが私を惹きつけるのかもしれない。
フェミ系のひとは一発でわかるし、会って一分後にお友達になれる。
私の中のフェミの血がさわぐのかもしれんなあ・・・、っていうより「私」がそのまま全面に出ているひと、それも押しつけがましくもなくヘンに上下関係の査定をされることもなく、直球ストライクで向かってくるひとが好ましいのだ。女性はね。
今だったらさしずめなでしこジャパンのゴールみたいな感じとでもいおうか。そんな雰囲気があちこちに漂っていて、私はとても幸せで満たされていた。
先日のACのグループカウンセリングで、きんもくせいの香りでフラッシュバックする経験を続けてきたひとの話を聞いた。フラバは音、気温、視覚、そして匂いが引き金になったりする。しかし季節が何度もめぐることで、彼女は初めてきんもくせいの匂いを落ち着いてかぐことができるようになったという。
つくづく加害は一瞬、被害は一生という残酷な言葉を思い出す。
しかし、その言葉を現実のものとしてはならない。
ただじゃおかないんだから!被害をうけたことを絶対意味あるものとしてやる!。こんな気概をもつて生きてほしい。だからこそ信じられなくてもとりあえず助けの手を伸ばす。手当たり次第利用する。
むき出しの当事者性は、どこか怖いところもあるし、全身から針を突き立てているようにも思える。しかし私はそれが好きなのだ。
今日の講演は、そういった私を再確認できた。
帰りは暗くなってしまっており、道に迷ってしまった。千代田区1番町という地名の周辺をうろうろ歩き回った。街灯も薄暗い高級マンションの林立する通りには、きんもくせいの樹の生垣が続いていた。
その香りを胸に吸い込みながら、つかの間の夜の散歩を楽しみながら駅にたどりついた。





