2011年05月28日

被災地の家族は暴力がいっぱい?

ブログで誕生日告知をしたおかげで、多くのひとたちからおめでとうの言葉をいただいた。なんだかそれを期待していたみたいで我ながらさもしい根性だ、と反省。
中には大台というのは70歳のことですか?という人もいてがっくり。
でも、いくつになっても「おめでとう」と言われるのは悪い気持じゃない。というわけでお祝いのメッセージをいただいた皆様に深く感謝いたします。

一部でご心配をおかけした風邪のほうも徐々に快方に向かっているのでご安心ください。これくらいのことでダウンしないぞ、という根性だけで仕事を休まずがんばった。
やれやれ・・・。
天気予報によれば、関東はもう梅雨入りまじかだとか。しとしとと冷たい雨が降っている。
それにしても今年の春は短かった。
桜の開花も少し遅れ、そのあとで初夏のような暑さが訪れたかと思うと曇天と雨。そしてそのまま梅雨入りとは。
仙台の知人からのハガキの書き出しが、「気がついたらいつのまにか桜の花が散っていました」であった。
浮き立つような春はあっというまに過ぎ、細かい雨粒が霧のように降り注いでいる。天の意思などというものをふだんはまったく考えないのだが、まるでそれが涙のしずくのように思われる。

今夜(昨晩)はAC のグループカウンセリング。夜の6時半から10時近くまで実施。
もちろん疲れたけれど、本当に深くこころに残る時間だった。
3.11の震災の前から、もう2年近く東北の某市からカウンセリングに通ってきていたクライエントがいる。今回の震災と津波で大きな打撃を受けた街だ。
グループに参加しているひとたち全員が彼女の安否を案じた。そして無事がわかってから、激励の色紙を送った。個人的にメールでつながっていたひとたちもいたようだ。
彼女が震災後初めてグループに参加することができた。メンバー一同がそれを心より待ちわびていた。

発言内容はもちろん具体的には書けないが、強烈な一節があったのでご本人の意志を確認してここに伝えることにする。
『東北の被災地の家族は、暴力がいっぱい!』
一瞬私は驚いたが、すぐに納得した。そしてやっぱりと思った。
『どこにも逃れられず閉じ込められた家族』には容易に暴力が発生するだろう。
誤解してほしくないが、それを望んだり奨励したりしているわけではない。そうなるだろうとひそかに予測していたのである。
マスコミの報道は、危機にあっては現実を中和して描き出す機能を果たす。だから「希望」を掲げ、「家族の絆」を掲げる。そうあってほしいと誰もが望み、そうでなければ救いがないと思う。
しかし現実はやはり厳しい。それはますます時間とともにあらわになるだろう。

このような視点から、これからの支援を考えたい。
「暴力がいっぱいの家族」を、絆という言葉で美化せずに。

投稿者 sayoko: 04:32