2011年05月24日

何度目かの大台に乗りました

昨日は誕生日だった。
〇〇歳を迎え(こんな表現を使わなくてもいいんだけど)、大台に乗った。
40歳になったとき、「ああ、大台に乗ったな、これで中年だ」としみじみしたのが今では懐かしい。それ以降何度も大台に乗り続け、もうこれ以上はどうでもいいって感じ。
さっそく居住地の役所から「介護保険」証が送られてきたし、年金請求もしたし、運転免許証も更新した。
それにしても手続きってどうしてこんなにややこしいのだろう。
お役所の手続きの煩雑さが、膨大な公務員数を生み出しているような気がしてたまらない。もっと簡略化できないものか。
震災以降、硬直化した政策決定システム、意志伝達プロセスが問題になった。現場の柔軟な対応ができないことと、日本の勤勉さはどこか通底しているような気がする。
これもすべてあのベトナムの無政府状態的道路事情を見たせいだ。あの追い越しや5人乗りバイクを見ると、交通法規ってなんだろうと思った。みんな法規や規則に頼らず、その場で自分の安全を守りながら道路を走り横断している。
日本の交通安全=整然と統制された走行とは天と地の違いだ。世界でもっとも整備された道路交通法を持つといわれる日本は、それゆえに車から自分を守るすべを手放し、法律にしたがうという従順さを得ている。

さて、ひょっとしてお読みになっている皆様は年金って放っておいても自分の口座に振り込まれるって思ってませんか。実はそう思っていたのは私です。
あれだけの金額を毎月自動的に引かれていたのに、いざ年金をもらうためにはとっても煩雑な手続きをしなければならないなんてびっくり。それも所得になるので課税対象だそうだ。
少々愚痴ってしまったがすべては私が今日まで生きてきて無事大台に乗ったからこそ。何人もの知人がこの年齢まで生きることなく逝ったことを思うと、つくづく健康の大切さを思う。
な~んて殊勝なことを書いたが、多分すぐに忘れてしまってフル稼働するに決まっている。

ツイッターやfacebookも同年齢のひとはほとんどやっていない。なんで始めちゃったんだろうと思うが、それなりに楽しい。
私がもっとも恐れているのは、目が見えなくなることと頭が鈍る(いわゆるボケる)ことだ。本が読めなくなることが恐怖なのだ。本が読めておしゃべりができれば、いろいろな欠損を抱えるようになってもぎりぎり自分を保てると思う。
こうやってキーボードもいつのまにかブラインドタッチができるようになったし、けっこう長時間歩くこともできる。そう考えることで「若さ」にしがみついているのかもしれない。

誕生日の昨日は自分へのプレゼントとして、お気に入りのブランドで久々に買い物をした。深く満足した。あのブランドの服が着れなくなる日が来るかと思うと怖い。
さて、大台に乗った今、なんとかあと5年は頑張ろうと思う。
みなさん、どうか応援してくださいね。〇〇歳になることはちっとも怖くありませんよ~。

投稿者 sayoko: 02:25