2011年05月15日

長引くことはよくないけれど

一世一代の長期海外滞在・・・といってもたかだか10日間だけど・・・から帰ってからず~っと風邪が長引いている。咳と鼻水、漠然とした悪寒といった症状に加えて、声がずっと嗄れたままだ。
中にはハスキーボイスのままがいいんじゃない?という人もいるが、本人はやはりつらいのだ。なんとかあと一週間以内にはすっきりしたい。
原発も同様だ。私は恐怖や不安に弱いので、あるときから情報を遮断し思考を停止することで日常回帰を果たした。おかげで週刊誌は読まなくなり、スポーツ新聞も買わなくなり出費が減った。
なぜかこのところ売れている本はすべて原発関連本らしい。東日本大震災の報道写真集もよく売れているとか。もちろん記録し記憶にとどめることの意味はわかるが、それを今の段階でゆっくり眺めるといった心境にはとうていなれない。

街の表情は表向き以前にもどったように見えるが、どんよりとした不安が底部に漂っていることを感じる。まるで見えないお釜が東京、いや日本中の空を蓋しているようなそんな閉塞感だ。
そういえば芥川龍之介は関東大震災の二年後に自殺したっけ。まして今回の地震はまだ震災「後」といえず、福島の事態は現在進行形だ。にもかかわらず日常生活を送らなければならないことの重さを東京に住んでいる人たちは背負っている。
もう二か月経ったというのに、トラウマについての知識を実践的に検証しているかのように、あの日からしばらくの期間の記憶は生々しく、それでも明るく笑って過ごすには胆力がいる。
ホームセンターに娘たちとプランターに植える花とゴーヤ、枝豆の苗を求めに行く。多くのひとたちがバラの苗の品定めをしている。5月の陽光の中を子供をおぶった夫婦連れが歩いている。大きな肥料の袋をかつぎ、茄子とピーマンの苗を車に積み込んでいる老夫婦がいる。
何気ない光景は3.11以前と寸分たがわず繰り返されている。そう信じたい。しかしそんな情景を眺めながら、まぶしく、有難い(本来の意味で)と感じてしまう私だ。

溜まった原稿の催促が礫のように届く。メールを開くのがこわい。でもちゃんと書けるようになったので編集者のみなさま、お待ちください。

投稿者 sayoko: 02:34