2011年03月13日

風下に?被災後二週間?

原宿から延々と歩きながら、上空を舞うヘリコプターをぶしつけに思った。
歩道にあふれんばかりの人たちは、黙々と早足で井之頭通りを歩き続ける。東京は坂道が多いなあ、こんなところにモスクがあるのか、とスタッフ3人と会話しながら寒風吹きすさぶ中を3時間歩いた。
大地震のときは帰宅難民で道があふれるという予想は当たった。車道はのろのろ、歩道は竹下通り状態。甲州街道と合流する地点であまりの人の多さに驚いた。
自転車を買ってすいすい乗っていくひともいた。
最初のころはそれでもタクシーをみつけようと努力したのだが、そのうちタクシーを見ても何も思わなくなった。DV被害者が「逃げることなんかできない」と思ううちに、出口を探すことすらやめるのに似ているかもしれない。

沿道のお店には「トイレ貸します」という親切なビラが貼られていたり、コンビニの前では近隣の地図のコピーが配られていた。こまやかな気遣いがありがたかった。
私の場合、ラッキーにも最後の地点で車にひろってもらえたため、職場を出てから4時間で帰宅することができた。
男性の場合、6時間もざらだったようだ。
しかし、帰宅後テレビを見て驚いた。
あまりに悲惨な状況は、言葉を失わせる。ほんとうにトラウマティックな体験である。テレビの画面を見るだけで受傷したのは、おそらく昼間のあの地震の恐怖も影響していただろう。
三階のオフィスからクライエントもいっしょに階段を駆け下りて向かいの公園に避難した。
見上げるとビルがしなって曲線を描いている。向かいのビルのてすりが落ちる。公園の樹はいっせいに風もないのに揺れている。
足元の地面は波を打ってゆれているので、公園に避難しているひとたちの体も同じ方向に揺れる。
隣の住人のおばあさんが、避難したひとでいっぱいの公園を見て、「こんなに若い男のひとがいっぱいいるんじゃ、安心だね」とつぶやいた。
計3回も避難したので、最後はもういやになってしまった。
「死にたいと思っていましたが、必死に避難したのはやっぱり死にたくないんですね」とあるクライエントは語った。

本日(土曜、3月12日)に予定していた講演が主催者の判断で延期になったので、テレビをずっと見た。CMなしで、すべての局がずっと地震の情報を流している。
あの津波の猛威はおそらく世界中のテレビで放映されただろう。これほど広域の被害だとは想像もしなかった。おまけにコンビナート火災と原子力発電所の被害が重複している。
直後からツイッターで情報が錯綜しているようだが、私も4つくらいのMLに加入しているため、さまざまな情報が流れてくる。
テレビでは伝えられない情報もある。
ひとつは、被災地における性犯罪の問題だ。阪神大震災のとき、あまりに強姦の相談が多いのでそのことを警察に訴えたのだが、兵庫県警は一件もない、と結論づけ、ネットや一部評論では「デマ」とされた。「加害者は変われるか」でそのことを私も書いたが、その後世界各地で大きな災害が続発し、今では被災地では性犯罪が増加すること、通常の性犯罪は顔見知りが多いが、被災地の場合は見知らぬ人の犯罪が三倍に増加するということも調査結果として共有されている。
避難所での妊婦、授乳、生理中の女性のあつかいなどは緊急の問題だ。また、仮設トイレができてからも、ひとりで女性が行くことは危険である。
ボランティアが入ってからも、女性の場合は単独行動をしないことも肝要だ。また、避難所に入らない場合も、被災後はDVや虐待が増えることも明らかになっている。

また原子力発電所の事故であるが、どうやら第二のチェルノブイリになるのではないかと欧米ではみられているようだ。
菅総理が最初から原子力発電所からの放射能漏れに危機感を抱いていたのは、諸外国からの関心のひとつがそれだったからだろう。MLにはさまざまな情報、意見があふれている。たとえば、とにかく風下にいないことが大切だ、ヨウ素を摂ること(わかめ、おぼろ昆布など)も自衛手段だ、北から風が吹けば風下の東京にも放射能は届く、とか。
こんなときだからこそ、私たちはどの情報を信じ、どんな情報に対して批判的であるかが問われるのだと思う。

かわぐちかいじのマンガに、地震が起きて(それとも富士山が爆発してだったっけ?)日本が名古屋あたりで南北二つに割れてしまうものがあった。朝鮮半島化する日本を描いた漫画だった。どこかでそれを連想させるほどの激甚災害である。
日本中がまいっているような気がする。神戸のときもそうだったが、あのぐにゃりと曲がった高速道路を見たとき、今はやりの表現を使えば私の「心は折れた」。
今度の地震もテレビを見るのがつらい。津波が押し寄せて自分の家を壊して去っていくさまを見ていた女の子が悲痛に泣き叫ぶ様子が、ビデオに映っていた。めったにないことだが、思わず私も涙した。
こころのケアは被災後二週間目からというのが定説になっている。
すでにいくつかの学会で準備が進められているようだが、私のトラウマもケアしてほしい、と思ってしまう。

投稿者 sayoko: 01:15