2011年04月04日
当て逃げされた!
311以降まったく気分が乗らなかったのだが、ひさびさに今日ウォーキングに出かけた。
夕方だったので、暗くなる前になんとか戻ろうと思い早足で歩いていたら、前から現れた自転車(無灯火)と正面衝突。
公園の脇だったので周囲に誰もおらず、乗っていた中年男は「大丈夫ですか?」と一言言い置いてささっと去ってしまった。
私はとっさに地面に右手をついたが、残念ながら転んでしまった。自動車と違い、ナンバーもわからない。痛いと感じるより、まず立ち上がれるかどうかが心配だった。なんとか立ち上がることができ、骨は折れていないと安心した。それから歩きだすことができたので、たいしたことはないと思った。
ところがしばらくするといやに右手が痛いことに気付いた。公園から街に出て、灯りの下で見ると、右手の甲がたんこぶのように腫れ上がってジンジン痛い。たぶん自転車と直接ぶつかったのは手の甲だったのだろう。おまけに手のひらの側も、手をついた際にすりむいたらしく少し血がでていた。よく見ると履いていたジーンズは泥だらけだった。
今キーボードを打っているが、内出血は甲全体に広がろうとしている。ああ、これは間違いなく自転車の当て逃げ被害であると再確認している。
地震とつなげて考えてみる。
とにかく命が助かった、骨が折れてない、ということだけで最初は安心した。ところが2分くらい経って初めて右手の甲と手のひらの痛みに気づく。冷やそうか、それともこのままがいいのだろうか、と考えながらだんだんこれは「当て逃げだ」と判断できるようになる。
もしも目撃者がいれば、助け起こしてくれ、自転車に乗っている人を追いかけてくれたかもしれない。夕暮れで、おまけに地震による節電のため灯火が薄暗かったことも影響している。これらが総合的に判断できたのは、ぶつかって転んでから30分以上経ってからのことだ。
このように、被害というものは瞬間的に自覚されるものではなく、まずわけもわからないなかでとにかく生命の安全・身体の安全だけを考えるところから始まる長い長いプロセスそのものだと思った。
安全確認のあとに、痛みの自覚がくる。しかしかなり興奮しているので痛みはあまり強く感じない。泥で汚れた手を洗い、衣服の泥をはらってから、改めて打撲した患部を見る。それから本格的に痛みと炎症による疼きを感じられるようになる。逃げた男性への怒りが出てくるのはさらにそのあとである。
311の影響は、このように長いタイムスパンで日本にあらわれるだろう。被災者へのケアも息長く行っていく必要がある。





