2009年04月19日
痴漢えん罪について
14日は仙台市で講演。80名ほどの人たちが聞きに来てくださった。
終了後、ちょうど桜が満開だったので、車で花見をしながら移動した。最終の新幹線までみなさんとおいしいお料理を食べながら交流できた。ごちそうさまでした。
3月末の九州大学での学会で四分咲きの桜を見てから、日本列島を北上しながら長期にわたって花見ができた。なんだか得した気分である。
26日には大分で講演予定。大分と滋賀、鳥取、高知、富山。この五県はまだ講演に行ったことがない。今年は大分と富山で講演するので、高知と滋賀に行けば、私の講演日本制覇が実現する。
別にそれが目的ではないのだが、それにほとんど観光時間もなく日帰りも多いのだけど、空港や駅に降りたとき、空気で感じる土地柄というものはある。
大分講演前日は、別府温泉に泊る予定だ。少しのんびりできるといいなあ。
先日最高裁が痴漢えん罪についての判断を示した判決があった。
いずれこうなることは予想できてはいた。しかし、だ。この判決が与える影響を考えると、やはり深刻なものがある。
被害者の発言だけで客観的証拠がない、被害者の行動に説明のつかない点がある、といったことが根拠だったように記憶している。
この判断が敷衍されると、客観的証拠のない性被害はどうなるのだろう。また家族の中で起きた暴力(身体的傷害の証明のない)はどうなってしまうのだろう。
各種ハラスメント、DV、虐待、性犯罪といった、加害者と被害者の力の非対称性を前提とした犯罪における、被害者中心主義のゆくえがどうなるのかを占う判断にもなるだろう。
このテーマに関する、微妙な力関係に敏感でなければならない。いたずらに「被害者の言うことが正しい」といった主張を繰り返すだけでは、パワーポリティクスにおいて不利になるばかりだろう。
私はこれまでの臨床経験から99%被害者は嘘などつかないとおもっている。残りの1%は、他の男性から加害者を陥れるための策略に利用されたか、それともほんとうの加害者がうまく逃げおおせたかのいずれかではないだろうか。
痴漢の被害に遭ったことを、その場でカムアウトするのはそれほど容易ではない、ということを男性たちもおわかりだろう。けっこう男子高校生も被害に遭っているはずだから。
それを押してまで告発するのだから、相当な覚悟なのだ。
疑わしきは罰せず、であれば、疑われるようなことをしないことだ。多くの満員電車に乗る男性は、緊張しながら、疑われないように乗ることだ。
私もそうだったが、女性たちがどれほど緊張してビクビクしながら、車内の安全な場所取りをするかをわかってもらいたい。
同年代の女性で、通勤通学経験のあるひとは、ほぼ8割近くが痴漢被害に遭っている。かつてはやりたい放題だったのだ。





