2009年03月03日

東京にやっと初雪が

天気予報どおり、夕方からみぞれが降り始め、夜になって雪に変わった。
ひな祭りに雪が降ることは、小学校のころから経験している。赤いもうせんのひな飾りをバックに、かなり積もった雪の庭で撮った写真がある。たぶん小学校二年生くらいだろう。それにしても前歯が一本抜けているのはなぜだろう。
先週の金曜から昨晩(というか今日の明け方)まで、とにかく原稿を書きまくっていた。現代のエスプリ、春秋社、それと講談社のweb連載だ。いちおう全部完成したが、残されたのはひどい肩こりである。昨晩は久々のDV加害者プログラム、そして今日は法務省性犯罪関連の研究会だった。
一日を3等分して、HCCの仕事(=カウンセリング)、夕方からの予定(多くは学会関連の会議、朝カル、編集者との打ち合わせ)、帰宅後、夜11時からパソコンに向かっての執筆と分けている。
そのあいだを縫って食事、テレビ、週刊誌、読書、などに励む。
食事はほとんど外食はせず(おつきあいは別として、自分の手作りと決めている。多くの方からお酒をいただくのだが、残念ながら自宅で一人飲酒はしないのだ。
アラカンの女性としては、かなり忙しい方だろう。自業自得と言われれば言い返す言葉もないが、正直40代のころはこんな自分を想像だにしなかった。
こんなに原稿を書くようになるとは、ほんとに信じられない思いだ。
Blogで毎回文句を垂れながら、それでもここまで書き続けてきたということは、たぶん書くことが好きなんだろう。なぜかといえば、読んでくれるひとがいるからである。物書きの喜びは、書くことそのものにあるのではなく(少なくとも私はそうだ)、それを届けるひとが大勢いるという点にあると思う。未だ見ぬひとたち、おそらくこれから会うこともないだろうひとたちに自分がこうやって苦しみながら書いた文章が届くと思うだけで、どこか疲れがふっとんでしまう。
もうひとつ、私は「本」が好きなのだ。
書店(本屋)の娘だから、あのにおいと背表紙がずらりと並んだ光景はどこかふるさとのような安心感を与えてくれる。手にとったときの重さ、表紙の手触り、頁を繰ったときに立ち上る紙のにおい。手が切れそうになるほど紙がまっすぐなので、頁をていねいに折って読まなければならないが、どこか新雪の上に足跡をつけていく行為に似ており、わくわくするほどだ。
何とか目が見えて、頭が人並みに働いていてくれれば、本がこの世にある限り、私は生きていけると思う。スポーツの喜びも知らず、映画の好みは偏っているが、本だけは(ラカンやドゥルース、ガタリ、え〜っとみすずや藤原書店の難しい本以外)大丈夫!。
移動途中で、寸暇を惜しんで入るカフェのお気に入りの席も決まっている。カフェオレのMサイズを飲みながら本を読む至福の30分・・。けっこうそれが週刊誌だったりするんだよね〜。こんな落ちで今回は終わりにしまっす。

投稿者 sayoko: 23:31