2008年10月14日
世代連鎖は男性の問題か?
3日間の熊本講演旅行より先ほど帰宅。
諸事情から、一日くらいは温泉旅行も兼ねて・・・といった企画は流れ、かなりタイトなスケジュール。
とはいうものの、昨年に引き続き八女と星野村を訪問。
車窓からは、いろとりどりのコスモスの群れが眺められ、満開を過ぎたきんもくせいの香が漂ってくる。枯れかけた白い彼岸花が、道路脇の家の庭の隅に最後の姿を晒している。
山本源太さんの窯を訪れ、作品を見せてもらい歓談。山に続く庭では、秋の木の葉が色づいていた。鉄分を含み赤みがかった焼き上がりから「夕日色」と呼ばれる茶碗、湯呑などを手に取る。
詩人としても評価されている源太さんは、福岡県から文化賞をもらわれたとのこと。「蛇苺」という詩集には、私も惚れ込んだ。
彼の師である丸山豊氏の詩集も入手して読んだことを伝えると、氏の「月白の道」というエッセイ集をいただく。
西日本新聞に昭和62年、連載されたものをまとめた本だ。
昨晩、熊本のTさん宅で眠る前に少し目をとおしたが、戦記としてはこの上なく芸術的であり、そのぶん悲痛な文章になっている。「過去を美化するのが得意なこの国にあって、それだけはしないでおこうという決意・・・」が背骨になった作品である。
熊本の講演は5回目である。Tさんとのつながりから、毎年訪れている。
秋もあれば、春もあった。
専門講座と一般公開の講演の二本立てだったが、テーマはいずれもDVである。
先週の横浜講演もそうだったが、私の講演の力点はいくつかある。それは将棋倒しのように世代連鎖するというあの俗説を破壊すること、だ。
虐待はしばしば母の問題とされてきた。世代連鎖も、親の世代(要は祖母)からのつながりであると。そうではなく、DVによる母子関係の破壊という視点を加えなければならないだろう。
攻撃され傷ついたひとが、どうして子供にだけはやさしくできるというのか。
よくて、せいぜい愚痴の聞き手に仕立てるくらいではないか。
もし世代連鎖があるとすれば、それは父の暴力が息子に連鎖するという鎖である。これはかなりの確率でつながっていく。彼らの暴力、彼らの暴力と息子の暴力こそ、問われなければならない。
DV加害者に対する男性論者のヒステリックなまでの嫌悪(これはおそらく近親憎悪かと思う)か、それとも傷のなめあいのような気味の悪いやさしさか。
この二極化を見ても、いかに男が男の暴力性に向き合うことが困難かを表している。その点、女性はさんざん男からみた女性像をたたきこまれたぶん、自前の理論をこの30年近くかかって構築することができた。いわずとしれたフェミニズムである。
鹿児島や長崎からも聞きにきていただいたのだが、来年はぜひ講演に、と誘われてしまった。いっそ九州縦断講演旅行といきますか!?
3日間お世話になったTさん、八女のTさん、源太さん、それに講演を聞きに来ていただいた皆さん、ありがとうございました。





