2008年09月28日

春と秋が短くなっている。

体調不良のせいか、今日はひときわ寒かった。
いくら暑さ寒さも彼岸まで、といっても、こんな気温の低下は異常だ。春だって、あっというまに初夏になり、秋はこのように初冬の気温へと突入する。地球温暖化の影響はこのように四季の彩りをそぎ落とすことになる。
長そでを着ていても、どこかぞくぞくと冷気が押し寄せるようで、ほんとに寒いのか体調のせいなのかを周りのひとに確かめずにはいられなかった。
昨日は産業カウンセラー協会主催の月例研修会で講演。
130人の方たちが聞きにきてくださった。月例としては最多の人数だそうだ。
普段思っていることを話しただけなのだが、聞いている方にとっては「現場」感覚にあふれていたとのこと。
いったい、この現場感覚ってなんだろう。
たとえば、精神科医の話を聞いて現場感覚なんていうだろうか。彼らが臨床をやっているのは当たり前のことなのだ。たとえ、医学部の教官のポストがなくて、私大の臨床心理学の教授になったとしても、わずかながら現場感覚は残っている。
残滓が感じられるのだ。
ということは、カウンセリングの先生(どこかの臨床心理学の教授のことを指す)たちが、いかに現場感覚を失っているかということではないだろうか。
ことさらにその四文字を強調しなければならないほど、スカスカの教条主義的な講義が多いかということだ。
たしかにパーソナリティ理論の教科書、認知行動療法についての教科書などは読まなければ原則はわからないかもしれない。
しかし、だ。私からみれば、現実の変化は恐ろしく早いのだ。
一生懸命追いかけなければならないほどにそれは激しい。
その気配を知っているかどうか。これは責任をもって、目の前のひと(医師なら患者、カウンセリングならクライエント)にかかわっているかで違ってくるだろう。

繰り返すが、私ごときが「現場感覚」と言われなければならないのは、実は不本意なのだ。もっと偉い先生(同業者にもそんなひとはいる)が、そう評価されてしかるべきだろう。
まあ、現場に張り付いていても、実につまらない定型的な発言しかできない臨床家は論外だけど。

今日は月一回の日曜出勤だった。寒さに耐えてよくがんばった(小泉純一郎の名文句のもじり)。
そんな彼も引退する。先日対談した藤原新也さんのBlogの評がなかなか辛辣でいい。いっとき、「僕ってさ、はっきりいろんなことを言いきれないんだよね。」といううじうじタイプのジャーナリスト(もちろん男性だ)が、アンチマッチョイズムの一点で好ましく思った時もあったけど、硬派こそ好ましいとこれまたすぐに転向してしまった私なのである。

投稿者 sayoko: 23:35