2008年04月18日
少しずつ反応が表れてきたのでうれしい。
新刊書を2冊立て続けに出すことが、販売戦略上吉と出るか凶と出るか、それが問題だ。
筑摩書房の「加害者は変われるか・・」と春秋社「母が重くてたまらない・・」は、同時並行的に連載していたものなので、刊行時期が重なるのはいたしかたない。著者としては、読者は重ならないのではないかと勝手に想像している。連載中から、頭の別の収納庫を開けて書いていたので、文体もずいぶん違うはずだ。
「加害者・・」について、某ブログで絶賛されているのを読んだ。
非常に正確に私の意図を読み取っており、ここ10年来の私の本の論調・テーマの変遷にも触れられ、あろうことか「被害者支援の最良の入門書」「本書が話題にならなければ日本の被害者支援の世界には希望がない」などと書かれている。
また「クレームメーカーとしては、上野千鶴子と同じ感度を感じる」(だっけ)と言ったコメントつきだ。
ほんとにうれしいのは、このような私の意図を読み取ってくれる読者の評を読んだときだ。
でも、このブロガーと同じように、残念ながら私も現在の被害者支援にかかわるひとたちに理解されるだろうという期待はない。まして心理臨床の世界のひとには。
かなり増長した表現を用いれば、早すぎる本ということになろうか。
たぶん、社会学の領域のひとのほうが理解しやすいのではないだろうか。
筑摩の本は、後半の「DVの加害者」に関する部分がお勧めだ。できるだけ、ありきたりでない教科書的言説におちいらないように書いているからだ。
「母が重くてたまらない・墓守娘の嘆き」は順調な売れ行きだとのこと。店頭に並んですぐに増刷になった。
この本については、献本した多くのひとからお手紙をいただいている。連載のボリュームと加筆した後半のボリュームがほぼ同じになっているが、かなりの短時間で一気に書きあげてしまったものだ。思索というより、義憤というかパッションのようなものに駆り立てられてパソコンを打ち続けたことを思い出す。
ロストジェネレーション、負け犬世代の女性たちへのエールであると同時に、これまで声を挙げられなかった娘たちの苦しみを代弁したかった。
というわけで、このところちょっといい気持ちになっている。達成感とでもいえばいいのだろうか。おかげで全然たまった原稿にとりかかれない。
関係ない「西南戦争」(中公新書、小川原正道著)を熟読して感動したり、日本に来なかったA.ネグリの「未来派左翼」をちら読みしたり、一度お会いした朴裕河さんの「和解のためにー教科書・慰安婦・靖国・独島」(平凡社)を読んだりしている。
さて今夜は福岡に飛ぶ。トラウマ学会(JSTSS)が開催されるからだ。これから大急ぎでシンポのパワーポイントを作成しなければ。
基調講演の中井久夫先生が急遽欠席となったのが残念。
それからジュンク堂と紀伊国屋書店で、心理学初学者のためのブックフェアが開かれており、そこに私の推薦する5冊の本が並んでいるはず。
他の偉い諸先生と並ぶと、いかに私の推薦する本が毛色が変わっているかを思い知らされている。まあ、ためしにのぞいてみてください。





