2007年01月31日
男性の認知(信念=belief)と産む機械
柳澤大臣の「女は産む機械」という発言が、国会に激震を起こしている。あちこちで抗議行動がいっせいに蜂起している。
DV加害者のプログラムにかかわっているが、詳しい内容は省略するとして、ポイントのひとつは、彼らの抱いている意識しない強固な信念を明確化する点にある。たとえば、夕食が帰宅時にできていないことを、なぜ怒るか。その根底には、家事は妻が責任をもつべき、という一見もっともらしい信念がある。しかし責任を果たさないからといって、それをなぜ彼らがあれほどキレルのか。壁に穴を開けたり、どなったり・・
さらにその根底をみていくと、夫の言うことに妻は従うべき、夫は妻より上、男は女より偉い、といった、まんま家父長的信念が深海魚のようにひそんでいる。
知的で、ソフィスティケートされた男性は、決して「男が女より偉い」なんてバレバレの失言はしない。でも彼らの妻に対する突発的憤怒は、何より雄弁にそれを物語っている。
それに比べると柳澤大臣の発言は、あまりに素朴だ。ぽろっと出たのだろうが、女は産む機械だなんて、わかり易すぎる。
いつかDVのプログラムで、参加者男性に対して具体例として使いたいほどだ。
似たものに、性犯罪に対する認知がある。
性犯罪者処遇プログラムに法務省の矯正局、保護局の男性たちはかかわらなければならないのだが、男女ペアという規定に対して、当初は女性のほうに負担が大きいのではないかと思われていた。ところが実際は違う。
男性こそ、自らの信念を問われることになる。下着泥棒の性犯罪者が、「だって僕、誰にも迷惑かけてません」といったらどうだろう。ある男性が、そうだよな、俺のパンツ盗まれたって別に迷惑って思わないからな、と考えたらどうだろう。そこには犯罪者とプログラム実施者との共謀が成立してしまう。
中には「レイプったって、こんどが初めてなんです」と主張した性犯罪者がいたら、思わず「そうか、一回だけか、常習じゃないんだ」と思ったとたん、再度共謀関係におちいるだろう。
それに比べると、女性は性犯罪の被害者と同じ性別だというだけで、そこに存在するだけで意味をもつ。DV加害者プログラムも性犯罪処遇プログラムも、ともにかかわる男性専門家の深海魚のように潜伏する信念をあぶりだすことなく、実施は難しい。
その点で、好例を提示してもらってありがたく思っている。
大臣、よく言ってくれました!





