2007年11月06日

熊本・鹿児島

金曜から日曜まで、熊本・鹿児島と講演が続いた。
金曜はウイメンズカウンセリング熊本のTさんと、車で福岡県八女市に。
地元の蔵元のTaさんに案内してもらい、八女茶と星野茶の産地に。生まれて初めてというほど美味な玉露を堪能した。
星野村の第3セクターによる「茶の文化館」においての経験。玉露を一煎目(40度)、2煎目(少し熱め)、3煎目(時間をおいて)と3度いただく。そして最後に茶葉に酢醤油をかけて食べるのだ。まるで海草のようにおいしかった。
とろりとした味は、コーヒーの比ではない。
昼食はこれまたおいしい蕎麦をいただく。もりそばを二人前平らげ、Tさんにあきれられてしまう。くちなしの実を入れた黄色のごはんも美味でした。
古くから中国と交流していたという歴史の積み重ねがあって生まれた茶の産地は、東京のデパートで売られているお茶よりはるかに安価だが、店主がていねいに入れてくださるお茶の味は筆舌に尽くしがたい。
熊本での講演は、予定をはるかに超える100名の参加者があった。予定に押されながら熊本日日新聞の取材を受け、その足で九州新幹線で鹿児島入り。
乗った瞬間に驚愕した。なんて美しいデザインなのだろう。木目調の材質を使った椅子、日よけのシェードもなんとすだれが使われている。座席も広々。
東海道新幹線がとたんにチープに思えてしまう。
夜はアルコール依存症関連の研修。もちろんDVとのからみである。共依存ということばの使用は禁忌であること、アダルト・チルドレンと共依存がどのようにその後の援助論に影響を与えたかを語る。
翌朝は快晴だったので、ホテルの窓から桜島をくっきりと望むことができた。
午前中は鹿児島での講演会の企画をしてくださったTa先生が車で名勝磯庭園に連れて行ってくださった。鹿児島大学教授であるお茶大大学院の友人と38年ぶりの再会を果たしたので、彼女も同行する。
尚古集成館も次回時間があったらゆっくり見てみたい。日本の近代の開始に重要な役割を果たした島津斉彬、西郷隆盛、などがどのように交錯したのかをもう一度じっくり知りたいものだ。中国やヨーロッパとの交易の豊かさも驚く限りだ。世界遺産になった石見銀山も16世紀から盛んにヨーロッパと交易していたことは知られている。関が原の合戦が石見銀山の権益をめぐるものだったとは読んだことがあったが、島津家も江戸時代末期から西洋の文化を先駆けて取り入れたのだった。明治以前にすでに近代の萌芽が生まれた土地だといえる。DVがもし近代の産物だとすれば、鹿児島はDVの先進県とでもいえるのだろうか。
しかし江戸時代にも復縁殺人という、妻の殺傷は起きていたというからDVの起源は果たしていつのことなのかと思う。三枝和子「女性のためのギリシャ神話」で、ギリシャ時代に女性中心から男性中心主義に変化した分岐点があるという説をかつて読んだことがあったが、このあたり、女性学者に聞いてみたい。
午後は講演とシンポジウム。計3時間半の長丁場だったが、なんと参加者が260人近くにのぼった。
DV加害者プログラムをテーマにした講演とシンポを県が共催するという試みはおそらく日本で初めてではないだろうか。それにしてもこのテーマで多くのひとが集まるというのは、主催者も嬉しい誤算だっただろう。
私の悪い癖で、ノリノリになるとどうもはっきりものを言う癖がある。
「ほんとうに強い男は妻を殴りません」だなんて言っちゃって・・。「だから夫たちは、もっとプライドを持っていただきたい。」とか。
終了後、何人かの聴衆のかたたちと話し、本にサインをしてから空港へ。
慌しい3日間だったが、そしてかなり疲れたが、充実した濃密な経験だった。講演に来てくださったみなさん、そして企画して私を招聘してくださったかたたち、ほんとにありがとうございました。
星野村で訪れた源太窯では、いくつか皿と茶器を買ったし、尚古集成館では、高価だったががんばって薩摩切子(新デザイン)を求めた。自宅に戻って光にかざすと、薩摩切子の小さなグラスがまるで木の葉が幾重にも重なっているかのようにきらめく。瞬時に移り変わる色と濃淡は、まるで夢のようだ。見ているとそこに宇宙があるようで、いつのまにか時が過ぎている。

投稿者 sayoko: 02:24