2007年08月13日
インランド・エンパイア
休みに入ったので、かねてよりどうしても見たかった映画「インランド・エンパイア」を恵比寿ガーデンシネマで見てきた。3時間15分の長丁場だが、気の抜けない展開は、エンドロールが終わるまで続く。
巨匠と呼ばれたミケランジェロ・アントニオーニとイングマール・ベルイマン両監督が同じ日に亡くなったのは記憶に新しい。特に前者は、「赤い砂漠」の乾いた画面と魅力的な女優モニカ・ヴィッティとともに好きだった監督だ。ベルイマンについてはBlogで評を書いた「サラバンド」が唯一映画館で見た作品だ。
ペドロ・アルモドバルも近年好きな監督としてリストアップしたが、なんといっても私の偏愛は、イタリアのフェデリコ・フェリーニとデヴィッド・リンチに尽きる。前者は「81/2」がなんといっても一番おすすめ。ラストシーンは忘れられないほどの完成度を誇る。「道」はそれほど好きではない。あの巨体を誇る女性たちの肢体を延々と描く彼の後期作品のほうがずっと魅力的だ。同じようにデビッド・リンチも初期の「エレファントマン」より、「イレイザーヘッド」のほうがずっとずっと面白い。
私が最初に彼の作品を見たのは、レンタルショップで何気なく借りてきてからだ。そのころは、今よりたいそう暇があり、所在なくなるとビデオを借りていたような優雅な毎日だったのだ。クローネンバーグのあのグロイ映像にすっかり魅せられたので、ついでに借りたのが「ブルーベルベット」だった。
衝撃だった。あの冒頭シーンからの意表を衝く展開は私を驚愕させた。実はもう何度も見ているのだが、毎回新しく感じるものがある。哀愁すら感じるラストも含め、私はあの作品でリンチの世界にはまった。
その後彼の作品はほぼすべて見ている。「マルホランドドライブ」などは、1ヵ月以上も頭の中で反芻して、やっと謎が解けたのだ。どこから見ても解読不能な暗号のような映画は、見る主体を拡散・分裂させる。脱構築どころじゃない。
今夜も、だから私は、最初からリンチと格闘するつもりで画面をみつめていた。細部を見逃さないように、仕掛けを読み解くように、どんな言葉もヒントのつもりで。
ところが完敗だった。ああ、最後の群舞のシーンに至って、私は脱帽した。リンチは進化している。マルホランドドライブの時間を湾曲させる構成どころではない。わかった!とどこか欣喜雀躍していると、どかんと次の仕掛けが出てくる。おお、これで大団円かと思えば、さらなる仕掛けが。
アルモドバルも、劇中劇を使ってあっと言わせる場面を作るのがうまいが、リンチはそれどころではない。統合できない場面がいくつも記憶に残され、並存不能なままに取り残される。謎解きにはまったリンチファンがおおぜい生まれた、という逸話もまんざら嘘ではないだろう。
さて、これから折に触れて「インランド・エンパイア」の解読を楽しむことにしよう。
私の世界をことごとく破壊しつくしてくれるような映画、その破壊振りがこのうえない快感を与えてくれる。こけおどしの音楽もなかなかいい。
難解ゆえに早期上映打ち切りかと思っていたのだが、なんと今日など超満員。コアなファンなのか、お尻が痛くなるほどの長時間にもめげず、みんなくいいるように画面を見つめていた。10時を過ぎた恵比寿ガーデンプレースを、みんな無言で帰途につく光景は、ちょっと異様だ。脳がシャッフルされたせいなのか、みんなショックを受けている。それでもどこか楽しそうだ。私のように。





