2007年06月11日
コムスン問題
グッドウイル折口社長の謝罪会見などで、連日介護大手のコムスンが話題になっている。
ケアというかたちのないもの、ホックシールドによれば「感情労働」としかいいようがないものを売るという行為。それが「介護保険」の対象となって久しい。それまでの家族介護(嫁、娘、妻による)が社会化されたことは、歴史的にみて画期的であることはいうまでもない。
さて、私たちが日常行っているカウンセリングはどうだろう。その行為はいろいろな側面がある。あるひとは心理療法といい、あるひとは援助という。中にはこころのケアというひともいるだろう。
昨日は、日本臨床心理士会の「私設心理相談」研修会が開催され、私はシンポジストとして参加した。括弧の中のことばに、ええっ?と驚く方も多いだろう。私だって「ええっ?」と絶句したのだから。それまでは「開業」と呼んで来たし、今でも開業だと思っている。
それには深〜いわけがある。臨床心理士が国家資格になっていないことを知らないひとは意外と多い。そうなんですね、偉そうに肩書きにつけているけど、日本臨床心理士資格認定協会が認定しているだけなのだ。要は民間資格にしか過ぎない。
これを国家資格化するために、河合隼雄先生を先頭に私たちは長年運動を続けてきた。ところが、最後の詰めのところで横槍が入った。精神科医のいくつかの団体から、国家資格もないのに開業できるのか、と言うクレームだ。それ以外にも、厚労省は医療で働く心理職とその他を分けて、「社会心理士」と名づけたらどうか、といった意見を出したこともある。臨床心理士国家資格化をめぐっては、ネット上でも熱い論議が戦わされているので見てもらいたい。
うがった見方をすれば、健康保険本人負担の増加、デイケアの負担増などから、精神科開業クリニックの患者を奪われるのではないかという医師たちの危機感から出た発言とも受け取れる。
実際に12年目を迎えて思うことは、私たちの援助と精神科医の治療とは基本的に異なるということだ。対象も大きく異なる。病理を扱うことに関して私は自分の限界を設けている。こんな心理臨床活動を医療が包摂しようと思わず、共存共栄を図っていただければいいのだ。
こんな、手間隙のかかる、1時間たっぷりかけたきめ細かな援助は、精神科医の方たちがやるにはもったいない。もっと精緻な診断力をつけていただき、もっと微細な投薬の調整をしていただければいいのだ。精神科医だって、精神療法のときにはいわゆる「自費診療」でしか受託しないはずだ。
それなのに、「気軽に精神科に行こう!」とライトなコピーで敷居を低くし、「はい、こころの風邪ですね〜」とお薬をたっぷり出すのが、現実の医療だ。ちゃんと双極Ⅱ型障害なんて知っている精神科医なんか、ほんの一握りなんだから。オーバードーズしても、責任は取らない。だって飲むひとの自己責任じゃないですか、と言うだけだ。
おっと、ここまでここまで。
で、ですね、言いたいことは、国家資格にしてもらいたいということ、そして民間資格ゆえの危うさが現実にあることを知ってもらいたい、ということだ。
ネット上の有象無象のカウンセラーたちをみてほしい。時々ちら見すると吐き気がするのでよそうと努力している。スピリチュアルカウンセラー(スピカン)の跋扈は江原某のメジャー化によってすさまじいものがある。
もうひとつ、企業との契約する心理職がいる。EAPというプログラムを売り物にしたビジネスだ。もちろんアメリカではひとつのジャンルを形成しており、日本でも90年代から導入している企業は多い。
近年では、自社で雇用するより、外部のカウンセリング機関に委託する企業が増えている。年間自殺者3万人を超す現実は、企業のメンタルヘルスへの取り組みを義務化した。
こうして委託料を受け取り、こころのケアを受託するビジネスが誕生する。それもかなりの勢いで増えているという。コムスンのように、臨床心理士を企業人が雇用して利潤を上げるのだ。
では私たちもビジネスではないか、という指摘がされるだろう。実はかなりそのことで悩んだこともあった。経営戦略を考えなければと。でも結論は簡単だった。それは、ムリだ、とわかったのだ。
私に拡大経営する野心はない。むしろ今の規模のままで、そんなエネルギーを、援助の質を高め、臨床心理学の発展に貢献し、クライエントにとって満足のいく援助・ケアを提供することに注ぎたい。そのための最低限の収入が確保できれば、と望んでいるだけだ。たしかに精神科医に比べれば保険でないぶん高いと思われるかもしれない。そしてクライエントが来なくなれば、たちまち経営危機に陥ることも確かだ。しかしそのぎりぎりの線を歩くことしかできないと思うようになった。
そこで、コムスンに戻る。ケアを商品として、働くケアワーカーをまるで工場の労働者のように扱い、効率を求め、利益増大のために不正な申告を行った。
経営者が、ケアの質を高めることより、ケアワーカーを育てることより、利潤追求を重視したために起きた必然的結果だろう。
もちろん監督官庁の厚労省の責任は重大だ。
私たちの仕事も、原点であるクライエントに対する援助・サービスの質と誠意を忘れれば、たちまち単なるケアビジネスと化すだろう。
精神科医はどうもそのあたりをうまく渡り歩くことができるようだ。それは国家資格だからか、それとも医師と言う職業に対してひとびとの査定が甘いからなのか。精神科医療のもつ特殊性なのだろうか。正直、半分はうらやましいのだけれど。





