2006年07月04日

不可思議な記憶たち

今週の週刊現代の特集、自衛隊サマーワ派遣部隊における5名の自殺者のPTSD.
明日買って読もう。
第二次世界大戦、太平洋戦争においてはPTSDはなかったのか。想像だが、多くは復員後の食うや食わずの生活ゆえに、精神的後遺症が表面化しなかったのではないだろうか。
ベトナム戦争の復員兵(ベテラン)たちのPTSDの背景になったものは、帰還したアメリカがあまりに豊かで平和であったから、ベトナムとの落差による衝撃が強かったせいだ、という意見を読んだ記憶がある。
わたしがもっとも関心を持っているのは広島と長崎の原爆によるPTSDだ。実際に今でも長崎の被爆の記憶がよみがえり、悪夢にうなされるというひとに出会ったことがある。阪神淡路大震災、殺人、戦争、と過去にさかのぼっていくPTSDの研究があの敗戦の惨禍にいきつくことは必然だろう。

さて記憶といえば過誤記憶をめぐるわたしと矢幡洋との論争?を思い出す。あの問題はさすがに日本らしく、尻切れトンボで終わった。ねちねちとヨーロッパのように多くのひとが参加しながら拡大していくわけではなかった。高みの見物の某政治学者が喧嘩両成敗という小ざかしい判定を下して終わりということになった。そんな判定の権力など誰にもないのに。
あるとすれば実際に記憶がよみがえり、性的虐待の記憶に苦しみ続けている当事者だけだろう。
なぜある記憶が、それも不思議と小学校4年前後の記憶が、50歳になって突如よみがえるのだろう。時には高校時代に不意に思い出してしまうのだろう。高校時代に思い出したきっかけは忘れてしまっているのに、思い出した内容(経験)は中空に浮かんだままなのだ。
パトナム、ヤング、といった中井久夫先生の訳されたみすずの大部な訳書を読むと、洋の東西を問わず、そのような記憶のマジック(WC,ブラジルのマジックは不発だったが・・;あ、関係ない?)をまざまざと知ることができる。
密室における親しい関係の男性からの性的虐待の記憶がどのような消長を遂げるのか。仕組みが明かされていなかった時代に、そのような女性たちはどのようにその記憶を取り扱ったのだろうか。素手で焼きごてに触るような危険性をはらんだ記憶とどのように切り結んだのかを思うと胸が詰まる思いだ。
多くの女性は狂ったと思われただろう。そして存在そのものを否定されて闇に葬られていったに違いない。記憶に関する本を手にするたびに、陳腐なことばだが「学問の進歩」を実感する。それによって救われる多くの女性のことを思って。

投稿者 sayoko: 03:46