2006年06月19日
紫陽花泥棒
原宿駅に立つ楽しみは四季折々にある。
明治神宮の杜に連なる植栽が仕事で疲れた目を休ませてくれる。
日本人の色彩感覚は黒や赤にも微妙なグラデュエーションを見つけ、それぞれに風雅な名称を与えた。中でも紫という色にまつわるあのひそやかな差異感はことばにできないほどだ。
梅雨になると町中の家々の庭に、いっせいに紫陽花が花開く。不思議なことに、一軒として同じ色合いの紫陽花はない。
我が家の紫陽花はお隣に住んでいた方から一枝いただいて挿し木したものだ。今ではわたしの背丈よりも大きくなり、お隣の紫陽花よりほんのわずかだけ群青色のいきおいが強い花を咲かせている。
じっとみつめていると吸い込まれそうで、あの重なり合った花弁の向こうに小宇宙が見える気がする。雨の中で灰色の空に向かって勝ち誇るように立っている紫陽花を見ると、衝動的にあの色を食べてしまいたくなる。
濃密な紫から清流のような薄い青まで、まるで色彩を分光器にかけたような一輪を見かけるとふるいつきたくなる。
今だから告白するが、過去になんども紫陽花泥棒をしたことがある。夕闇にまぎれて、ささっと一枝拝借するというわけだ。
紙袋に入れて急いで帰り花瓶に差すのだが、雨天のもとで咲き誇っていたような美はそこにはない。無残にしおれてうなだれるばかりだ。
17日の夕方、AKK初代会長の佐竹さんのお通夜に行った。享年90歳。
わたしが30歳のころから奥様の千恵さんともども目黒保健所断酒学校でごいっしょさせていただいた。佐竹さんはその後断酒新生会世田谷支部でずっと断酒生活を続けられ、AKK会報にも川柳を竜二の筆名で連載されていた。
当時の断酒会のかたがたとそれこそ20年ぶり、30年ぶりでお会いできた。これも佐竹さんが引き合わせてくださったのだろう。「依存症」(文春新書)にも登場するアルコール依存症者とその妻の描写はそのひとたちに負うところが大きい。
お清めの会を終えて代々幡斎場を出ると薄暮の中に紫陽花がまるで夢のように浮かんでいた。





