2006年06月03日

事件は続く

息子が親を刺し殺す、息子が親を焼き殺す。
この一週間を見ただけでも親殺しは頻発している。秋田の小学生殺害事件をマスコミは大包囲網で報道し続けているが、わたしは親殺しのほうにどうしても目が行ってしまう。
いっぽう名古屋の引きこもりの若者を対象とした施設内での凄惨な死亡事件から、いったい社会は何を教訓としたのだろう。
引きこもりの若者を精神科に連れて行こうとする親、動かず治療を拒否する息子、親が受診しても「本人を連れていらっしゃい」という精神科医。説得しても動かないどころか、怒りを暴力として親にぶつける本人。
困り果てた親がテレビで見たあの名古屋の怒鳴りまくりの女性のもとにわらをもすがる思いで電話する。時には高速道路を車で駆けつけ、本人の寝室の鍵を壊し侵入し本人を拉致して名古屋まで連れて行く。
その結果があの惨状だ。
某精神科医が構造的問題だと嘆いていた。たしかにそうだ。でも精神科医にはどだい無理な問題であるという自覚はなさそうだ。上記のひきこもりの構造はアルコール依存症と酷似している。すでに80年代から家族を対象としたアプローチを非医療者たちは構築してきたはずだ。
わたしたちのようなカウンセリング機関は本人が動かなければ困りきった家族を支援し、家族をとおして介入することを仕事としている。そうすることで、一見迂遠に思えるアプローチだが、確実に家族は変わる。中には本人が動き出す場合もある。
病院になんか行く必要はない。だいたい保険診療の精神科医にそこまで期待することが無理な相談なのだ。しかし・・・。
しかし、問題は料金である。わたしたちのような家族を対象としたカウンセリングに保険は効かない。自費に匹敵する料金を払えるひとだけがカウンセリングを受けることができる。この残酷ともいえる現実を前にして「それでは無料でいいですよ」と言ったら、原宿カウンセリングセンターは3日で倒産するだろう。
話が逸れたようだがそうではない。精神科医に引きこもりの親への支援、教育、介入を期待するのは無理だということを言いたいだけである。彼(彼女)らはアメリカのように適切な診断と適切な薬剤処方だけをしていればいい。精神科医に対するこの過剰ともいえる役割期待から自由にして差し上げたいと心より思う。

投稿者 sayoko: 01:18