2006年04月28日

五月を前に

友人が亡くなった。
小池民男君(と呼ばせてもらいたい)が4月25日早暁に築地がんセンターで逝った。
朝日新聞の学芸部記者、その後コラム「素粒子」、「天声人語」を執筆、最後は「時の墓碑銘(エピタフ)」を担当していた。
4年前だっただろうか。当時すでに天声人語を執筆していたためか朝日新聞社の黒塗りの車で乗りつけ、原宿カウンセリングセンターまで遊びに来てくれた。その後自宅までそのハイヤーで送ってもらったので恐縮した記憶がある。朝日新聞社の新社屋に遊びに行き、おそばをごちそうになったこともある。おのぼりさんよろしくきょろきょろ見物していたが、雑然とした彼の机を見て、こんな汚い机から「天声人語」が生まれるのかと驚いた。
わたしの遠縁である教師(信田先生という)が岐阜高校の入試の際紹介してくれたのが小池君だった。飛騨の小さな中学校で「ぴかいちの成績なんだ」と自慢しつつ。
岐阜高校の二年生のとき同じクラスだった。彼が委員長で私が副委員長、修学旅行のときは帰りの電車の中で舟木一夫の「高校三年生」をいっしょに歌ったりした。彼が東大に入ってから偶然池袋のジャズ喫茶でばったり出会ったこともある。
最後に会ったとき、個人的なできごと(生育歴など・・)を酒をあおりタバコを吸いながら堰を切ったように語るのをただただ聞いていた記憶がある。高校時代のあの外界との接触に怯えるような目つきと、ときどき見せる妙にひとなつっこい笑顔の理由がわかった気がしたものだ。
それにしてもなぜ彼は高校時代からまったく岐阜弁をつかわなかったのだろう。五月を前に逝った小池君に合掌。

今日は午後法務省で保護観察官の研修を担当。
性犯罪者の家族サポートについてである。諸外国の先行研究がないので、一から私が頭をひねって考え出さなければならなかった。ふー、たいへんだったなあ。
その後は新宿で朝日カルチャーセンターの講義「老ティーンとエイジレスママ」の第二回。
計4時間半たっぷり講義をするとけっこう疲れる。
GW目前というのに肌寒い日々が続く。小雨混じりの曇天を眺めながら、ひとりずつこの世からいなくなっていくひとたちのことを思う。

投稿者 sayoko: 00:54