2005年08月02日
救いようのない暑さの中を毎日働くわたし
先週末は30年近いお付き合いの女性たち6人で軽井沢へ。
緑の中、鳥のさえずり、ひぐらしのカナカナという声、谷川のせせらぎに包まれた時を過ごす。
他人のことは言えない、すっかりおばさんしちまったぜ!『家族収容所』の中で軽蔑して書いたおばさんの生態そのものじゃん。
新幹線の中で大声で笑う、皆で夫の悪口を言う、タクシー代の割り勘の計算を大声で叫び、10円単位まで細かく割り算する、中には買ったブラウスを値切るひともいた・・・
それにしても久々に楽しいひとときだった。一対一でなく集団でつるむ楽しみというか。武蔵野市で『母と子の教室』が開催されていたころからのお付き合いだ。当時の職員だった中野陸奥子さんも参加してくれ、時計が巻き戻された感じに浸れたのもこれまたうれしい。赤信号ならぬ、おばさんもみんなでふとれば怖くない、って感じ。
軽井沢があの暑さだとすれば、と東京に戻るとどえらい猛暑になっとった(岐阜弁になってまった)。
今日でDV加害者プログラムも12回1クールが終了。みんな手弁当でよくファシリテーターをやってくれたと思う。原宿カウンセリングセンターは場所を貸し、妹尾先生、筑波大の森田先生、東洋大の白石先生、それから私、もうひとり女性ファシリテーターのTさんだ。なにより大切なことはこのプログラムを主催する研究会メンバーに被害者当事者の野本律子さん(女性ネットSayaSaya代表)が入っていることだ。このことがもっとも大きな意味を持っている。つまり被害者支援員との密接な協力のない加害者プログラムはほんとに危険だからだ。
あまり知らない人も多いだろう。欧米や韓国台湾のようにDV加害者(妻を殴ったり傷つける暴言を吐く夫)はわが国では犯罪者にならない(民法の精神によれば、法は家庭に入らずとされる)。また先進国でプログラム効果が実証されていないという結果だけを挙げるひともいる。
でも夫のDVを電話で相談すると『逃げろ』『別れろ』というアドバイスだけで事足れりとするのはあまりに大雑把だ。
被害者支援員に必要なのは電話でのファーストコールをきちんと受け止め、リスクアセスメントとケースワークを行う力だ。その点で残念ながらまだまだ日本のDV被害者支援員は力不足だといわざるをえない。
もう一つ肝心なことは殴られている女性が全員逃げることができるわけではないということだ。どうしようもなく家にとどまらざるを得ない女性を射程に入れるべきだ。図式的援助をするひとほど逃げない女性を「共依存」だなんて、とんでもない批判をする。共依存という言葉が腐ってしまうじゃないか!!お願いだからDV被害を受けていても逃げないひと戻るひとを責めないで欲しい。まして共依存なんてやめてくれ。誤用だ、それは。
DV加害者プログラムが万能だなんて思わない。でも別れるわけにはいかない女性にとって、同居中の夫がプログラムに参加している間だけでも安心していられれば、そして言葉遣いが変わってくれれば、些細なことかもしれないが、それがどれほど大切なことか、と思う。
臨床で鍛えられたことを自慢する気はないが、臨床にどっぷり漬かった経験もない女性たちがアメリカの文献をかじって、DV加害者プログラムの危険性ばかりを強調するのはあまりに安易というか定型的かと思う。同居するしかない女性もいる、そのことを直視したい。
もちろん私は逃げた女性の支援経験もあり、弁護士紹介から離婚にこぎつけた女性のクライエントもいっぱいいる。それでもなお、同居する決断しかできない女性を批判する気にはなれない。そして別居・離婚した女性においても、ひょっとして夫がDV加害者プログラムに参加していれば、と思う例もあるからだ。
実はDV加害者プログラムはフェミニズムと関係なくとらえることも可能だとすら思う。暴論かもしれないが・・だって男らしい男って女には手を上げないっていうじゃないですか。
ね、男の風上にもおけないっていう例の美学っすよ。
とまあ、12回終了したところで思考は千々に乱れてしまっとるんやて(あ、あかんあかん、岐阜弁になってまっとるがね)





