2006年01月04日
同窓会
あけましておめでとうございます。
恒例の岐阜への帰省で2006年は始まった。
80年ぶりの大雪にみまわれた名残はあちこちに残っている。
山県郡といっていたのがいつのまにか山県市になった故郷なのだが、初詣ついでに足を伸ばした洞戸の高賀神社のあたりに行って驚いた。二度の大雪のせいで1メートルはゆうに積もっている。
700年代からの古さを誇る神社には「さるとらへび」という妖怪にまつわる伝説がある。鳥居の横には、退治している藤原なにがしかの石像が鎮座ましましていたのだが、なんともこれがキッチュで思わず笑ってしまった。すんません、不謹慎で。頭が猿、胴体が虎、尻尾が蛇なんだって・・すごい妖怪だね。
車で行っても山深い地なのに、奈良時代から平安にかけてみやこからどうやってかの地に妖怪退治に足を伸ばしたのだろう。
少し北にいけばもう敦賀の国、福井県である。
3日は同窓会。
県立岐阜高校昭和40年卒の同窓会はいつのまにか「よんまるかい」という名前になっていた。
還暦を祝い卒業後40年を祝う同窓会には500人中90人が参加。なにしろ女子生徒は100人を切っていた(どうしてそうなっていたのかわからない)ので、もう男性ばかり。
いずれも白髪、薄毛(はっきりいえばハゲ)である。いやあ、孫のいるじいさまだ、と実感。
名簿を見るといまさらながら医者の多いことに驚く。ほとんどが開業しており、あらゆる診療科目を網羅しているので、岐阜や名古屋周辺に住んでいればどんな病気になっても大丈夫だったんだろう。
大学とあの闘争とは無縁の集団だからこそ、なごやかに集うことができる。地方の進学校のプライドだけが奇妙に生き続けている空間。
同窓会に行けるのはそれなりに生きているひとだけだ、と実感。物故者も多く、消息不明のひとも多い。岐阜高校の3年間、何もいいことがなかった、奇妙に記憶が空白だ、という同窓生も多い。テスト勉強がやってない、という夢に今でもうなされるというひともいる。
さいわい私にとってはこのうえなく楽しい時間だった。いやこれは不正確だ、わたしは学校生活で苦しかったという記憶はほとんどないからだ。楽しい記憶しかないのはおめでたいせいだろうか、傲慢だからなのか(と書くところが傲慢だとしばしば指摘される)。
過去を共有している集団のもつ気楽さと無時間性は、もどることを許容する過去であるからこそ生まれる。
校歌にあるように、千尋の嶽金華山、百里の水長良川に囲まれた岐阜高校の3年間は、少なくともわたしにとっては帰ってみたい時間である。





