2005年03月29日
臨床心理学志望者の増大と臨床心理士人気について
昨日まで2泊3日で船橋のオリックス×ウエーブ(オリックスクロスウエーブ)という研修所で『日本心理臨床学会大学院生研究集会』という実に長たらしい名前の催しの運営委員として張り付いていた。
船橋に降り立ったのは初めてだったが、珍しい空気の街だった。講師の橘先生は新潟から参加されたのだが、雪の新潟では平気だった花粉症が東京を過ぎ、船橋の駅に着いたら最高潮の症状にまで増悪したとのこと。近頃では、花粉症にならない、と言うと『鈍感』の代名詞みたいな反応をされるほど一般化した。ほんとにどうして私は平気なんだろうと思う。告白するが(大げさ)空気が澄んでいるとかにごっているという区別もほとんどつかない。映画館の空気も高い山の頂上の空気もあまり変わらないというのが正直な実感だ。
院生研究集会は77人の参加者が全国から集まった。驚いたことに、某大学院などは一学年50人を超えるという。おまけに競争率は驚くほど高く、いまや法科大学院に次ぐ人気で予備校も学生数が増える一方らしい。
臨床心理士が人気資格というのが一番の理由だろう。研究者よりも院生の皆は現場で働きたいという志望が高そうだった。おまけに立派な仕事をしていたひとが一念発起して大学院を受けたり、学士入学して大学院進学をするというケースの多さに驚かされる。
あの真剣なまなざしで研修を受けている院生が続々と臨床心理士になった暁に、果たして職は保障されるのだろうか。スクールカウンセラーはほぼ数が満たされ、おまけに文部科学省から地方自治体に移管されれば給与(時給)は下がるだろうし。
国家が臨床心理士に期待することはほぼ見えてきた。何か事が起きたときの便利なエクスキューズのための要員としてである。「こころのケア」というきわめて慰撫的であいまいなことばとともに、政策の不備を糊塗するために『派遣』されるのだ。まるでオージンジ・オージンジの派遣会社のように。
いじめ自殺のあとのスクールカウンセラー、地震の際の『被災者のこころのケア』、被虐待児のケアとアセスメントのための養護施設への派遣、そして刑務所でのカウンセリングなどなど。いづれも一人派遣であり、医師より廉価に、かつ専門家らしく、なにしろ「こころ」という目に見えないものをあつかうひとたちという幻想を振りまきながら。
いづれも政策決定はきわめて迅速の行われた。奈良の女児殺害事件のあとの法務省のようにである。こう書いてくると私があたかもそのような政策に反対であるかのように受け止められてしまうのは、本意ではない(といいながら実は批判的なのはばればれ)。
だって私は臨床心理士という資格しか持たないし(どこかの精神科医のように医師でいながら教育学部の教授になり、臨床心理士の資格をもち、こうもりのように医者の顔と心理士の顔をつかいわけているひととは違うんだよ!!)、この資格を持つ人間として内実から変えていく可能性に賭けようと賽を振ったのだから。
金と権力(?おやじと権力だっけ)は使いようとはよく言ったものだ。わたしに権力はないが、せっかく国家が臨床心理士を使おうと言ってくれるんだったら、使われながら職域を拡大していくことしかない。自覚的に利用することだ。マルキシズム、かつての反体制運動、さかのぼればあらゆる歴史ものの小説にも散見される、権力を利用して内部変革するという潮流はあまりにありふれた戦略であり、しばしばそのうちの多くは利用しているつもりでいつのまにか権力の強大さに魅せられて、ミイラ取りがミイラになる。
私の戦略もいつそのようになってしまうかもしれない、と恐れるほどの権力にとりいっているわけではない。それまで激しくゆえもなく嫌悪し距離をとっていたひとたちと、学会の理事になることでひとりずつとお友達になり、お世辞を言い、酒を酌み交わし、といったことをただただやっているだけだ。この1年半はそのようなことを繰り返してきた。見る人が見れば戦略的と映るだろうが当の本人がそう思っているのだから世話はない。
私のように開業で臨床心理士という立場の人間が生き延びていくにはそのような戦略しかないではないか(別の方法があったら教えて欲しい)。マスコミへの露出か、アカデミズムというバックボーンか、はたまた国家権力・もしくはその下部である地方自治体という公共性か。
だからもうバンバンいきますよ!自覚的すりより、自覚的お世辞、追従、何でもありだ。
最後の誇りさえ失わなければねえ、なんでもできちゃうってわけですよ。
いまだしっくりこないところもあるが、後に続く大勢の若手臨床心理士のひとたちがもっと好条件で働ける職域を作るために、上の世代である私たちがやらなければならないことはいっぱいある。医療心理士という国家資格が制定されてしまえば、せっかく積み上げてきたグレードの高さが崩壊するどころか、永遠に国家資格化の道は閉ざされる。
今日はHCCのスタッフ会議(臨時)だった。
全員臨床心理士であるわれわれにとっても、この業界の今後は大きな影響を与える。残念だが、すべてが不透明だ。だからこそ、そう戦略的にわたしがうごめくことができる余地もありそうだ。
これから臨床心理学を志すかたたちは、劣悪な条件以外にほとんど就職口がなくなる時代が来ると言う覚悟をもつべきだろう。
桜のつぼみはなかなか開こうとしない。原宿カウンセリングセンターの窓から一本のソメイヨシノが望める。昨年の今頃はたしか五部咲きだったような記憶がある。今夜も雨、それも冷たい横なぐりの雨だ。この調子だと4月に開花がずれこむかもしれない。
妹尾先生、森田先生(ともに加害者プログラムの仲間)から最新の研究成果をPPにしたものを送っていただく。重いファイルだが、ゆっくりと受信して開いたときの感動!
私の世代の精神科医にはない柔軟で意欲的な研究姿勢に希望を見る思いだ。いつも彼らと話すたびに、刺激を受け、そして医者も捨てたものじゃないとつくづく思う。なんだかふだんの精神科医への激しい批判とは打って変わった調子におもわれるかもしれないが、偏ったどうしようもない医者を見ていると、まともな医者が実際以上に輝いて見えるだけかもしれない。





