2005年02月05日
気分はミンチョル
いよいよあさってカナダに出発。バンクーバーは内陸のモントリオールやトロントほど寒くないらしいから、安心。
飛び立つまでにどうしても完成させなければならない原稿がまとまらないー(くしゃくしゃ・・髪をかきむしる音・・・)ほんとに頭が悪いと痛感させられる。そんなとき、『美しき日々』のミンチョル(イビョンホン演じる)みたいに、靴で床をダーンと蹴って「中途半端はやめろと言ってるんだ!!」と叫んだらさぞかし気分はよかろうに・・・
あちら向いてホイ、こちら向いてホイってやってるから書けないのかもね。カウンセラーの習性で、相手の反応を考えずに文を書くことなんてできないんだなあ。
もろイデオロギッシュになりそうなのをがまんして、知識こんなにあるんだよって自慢したくて、でもちゃんとカウンセラーらしく現実に足をつけてるんですって匂わせたくって。
DVプログラムのスーパービジョンを受けに行くのだが、だんだん気分が萎えてくる。だって、内閣府もグループの続行はないと断言したし、東京都はやる気がないし、各地のDV被害者支援の団体は異物のようにとらえているし。なんだかなあ、でもやっぱりわたしはやれてよかったと思っている、間違いなく。単純な割り切りを超えるためにも、彼らと付き合ってみたのはよかった。超頭が悪そうな鈍感な男性がふんぞり返ってるのを見るのは腹が立つけど、実はミソジニーは私の中にもあるのかも。
クイアとかコロニアルとかミソジニーとかホモソーシャルとか、新しいことばを使いこなすと世界は広がる気がするのよー。そんなとき、臨床心理の周辺で自己評価の低さなんて使い古されたことばを聞くと、ガクっとする。アダルト・チルドレンということばを最近使わなくなってしまったのも(一部からは批判されるが)、ほぼ消費されつくし定型化された理解がいきわたったからだ。もうしゃべりたくない、わかっている人意外には、というあきらめの境地。
もっと驚いたのは、昨日タクシーの中でラジオの人生相談を聞いていたら回答者が「この奥さん、間違いなく共依存です」と答えたことだ。ほんとびっくらこいた!
感動ものだ、ここまで共依存が浸透したとは。でもなんで男の共依存を言わないんだよ。
日本の企業社会は共依存なくして成立しないって。と言い出すとなんだかアメリカの『嗜癖する社会』のシェフみたいになるからいやなんだねえ。
わかりやすい説明、偽の親密、真実の親密性、とか、心底いやだね。
こころの空虚に住み着いた共依存とか、、、おお、さぶ
難しいことばを使えとはいわないが、もうすこし厳密に言語を使いたい。
さてさて、次回はバンクーバーから帰ってからとなります。





