2005年11月27日
オタワから戻ったばかりでへたってまーす
なんて偉いのだろう。
ホテルで毎晩書いた日記を一挙にUPしまーす。
まあ、こんなふうな毎日でした!
11月21日「風邪を押して出発」
成田を15:05発、UAでシカゴまで。
月曜発だったせいか中央5人がけのシートが端ふたつだけが埋まり、3席が空いていた。
おかげで11時間強の飛行時間中、映画(チャーリーのチョコレート工場)を観て、機内食をちょびっと食べ、週刊文春を読み、残りはぐっすり眠った。ヴィトンのバッグがちょうど枕にはぴたりで、横になって眠れたのは幸い。
成田発のころからさすがに疲れが出たせいか悪寒がしていたので、パブロンゴールド+ユンケル+背中にカイロを貼り付けて万全の体勢で臨んだのだった。シカゴで乗り換えるとき、同行のW大学のS先生と迷ったほど、オヘア空港は巨大。なにしろ電車で移動するんだからね。おまけに空港の外にも出られちゃうのも不思議。それにしても噂に聞いたテロ以降のチェックの厳しさを味わった。ほんとファシズムだよなあ、靴まで脱がせて、ベルトまで外させるとは。自国を守るためとは言え。何かで読んだが、在日のひとたちの諮問押捺の屈辱を追体験していることになる。
小型機に乗り換えオタワへ。また機内で熟睡。
時差の関係で日本出発の日の午後4時半到着。高緯度のせいかすでに薄暗く、寒い。
ホテル到着後先行組の5人(名前をブログに書くなと言われたのでSE先生としよう)と合流、食事。
中華街のえびのロブスターソース炒めは美味だった。マリオットホテルでメールチェック。原稿依頼と原稿のお礼、さらに仕事のオファーが数件。地球が狭くなったのか、それともわたしがせこくなったのか、なんだか息苦しいので返事を書いてから早々に眠ることにした。睡眠薬を飲んで熟睡してはっと目覚めるとなんと10時20分。こりゃ遅刻かとあわてたら、なんと1時間しか眠っていなかった。それからさらに眠剤を追加してなんとかちょこちょこ目覚めながら5時半まで眠る。
22日「マーシャル先生の講義」
6時半にホテルを出発。キングストンにあるMILLHAVEN刑務所を訪問。寒々としたハイウエイを2台の車に分乗して走る。法務省矯正局のHさん、保護観察官3名、それと私たち性犯罪プログラム検討委員3名。マイナス10度とまではいかないが、白樺の幹と葉の落ちた木々、動物のいない牧場ばかりの厳寒の風景だ。
刑務所見学はあらゆる電子機器をロッカーに預け、空港より厳しい身体チェックをしてから許される。先進国ではリスクアセスメントがDVでも薬物でも性犯罪でも大前提である。
その結果危険度を高・中・低の3レベルに分類する。午前中のMILLHAVENは高レベルの刑務所であると同時に、性犯罪者の分類センターも兼ねている中枢機関でもある。
説明内容は薬物治療の話とペニス計測の話・・うーんハードだ。それらを実施するのもほとんど女性とのこと。性犯罪にかかわっているのは多くは心理職の女性。またPHDを持っているとその中でもトップクラスらしい。行動科学者(behavioral scientist)とpsychologistが共同でプログラムに当たる。医師は投薬のみ。淡々と説明するのはさすがプロ。
お昼は車で30分走り、ティムホートン(カナダのスタバみたいなもの)で昼食。フライドポテトなんか絶対東京で食べないわたしだが、カナダの気候のせいかコーラといっしょにぺろりと食べてしまう。
午後はBATH刑務所(低レベル)を訪問。といっても隣の敷地内だ。性犯罪の研究者としては世界トップ3に入るというマーシャル先生の講義。
どんどん朝から気温が下がり、車から刑務所まで歩く間も手袋がないと凍えそう。体感はマイナス10度ほど。同行の女性がマイナス40度に比べたら平気、と笑うのに仰天。
マーシャル先生を待つ間、なんだか色褪せたトレーナーを着たちびのおじいさんがいっしょに部屋に着いてくる。てっきり刑務所の芝を刈る庭番かと思っていたら、なんとそのおじいさんがマーシャル先生だった(汗)。
話は明快、数字も連発、面白い、とさすが世界的レベルの先生と感服。すごいのはそれらがちゃんと実証的研究に基づいていることだ。カナダは犯罪者すべてが連邦全体でデータベース化されており、逮捕から刑期、保護観察終了までが一瞬で検索できるらしい。再犯率の刑務所間の比較、再犯のもっとも危険な時期、プログラムのターゲット、方法を一気にレクチャーされるが、ニュージーランド、ドイツ、スペイン、フランス、オーストリア、オーストラリアにも1週間単位の研修に引っ張りだこらしい。引退しているとのことだが、とても世界が放ってはおかないだろう。
収容者の60%が性犯罪者だと運用がうまくいき、また掃除や給食の職員全体が性犯罪者のプログラムを肯定的に支持していることが効果を確かなものにすることも強調された。性犯罪の理由がなんであれ、とにかく国民の安全のためにどうやって再犯を繰り返さないかだけを考えるのだ。ひたすら引き金、スキル、責任などをグループカウンセリングで教える。それも対決的ではなく、動機付けをしながら、責めないで、しかも方向付けをしながらかかわるのだという。DV加害者プログラムがひたすら被害者の安全のために実施されることと同じだ。そもそもカナダのDV加害者プログラムは性犯罪者のプログラムを母体として作成されたのだから当然なのだが。やはりここでも認知行動療法が有効との強調である。マーシャル先生を来年あたり日本に招聘する可能性はないのだろうか。ふーむ、日本はどうなるのか。
23日「吹雪だよーっ」
8時半集合で、伝統ある1880年代に建設されたカナダ最古のKINGSTON刑務所を訪問。日本の刑務所がモデルにしたヨーロッパ的スタイルの建物は、堂々とした石造りで壁も府中刑務所のようにコンクリートで高い。金網と電流で防衛されたカナダの他の開放的刑務所とは異なる外観。
そこでは心理の男性職員が説明。その職を志したのは大学のインターンシップで刑務所で働いたのが縁とか。
午後はピッツバーグという低レベル(危険度)の刑務所。塀もなく、開放的な住居型で自炊と近所で働きながら社会復帰を目指す200人の男性が収容されている。そのうち25名が性犯罪者とのこと。
施設内をすべて見学させてもらって驚いた。ビリヤード、体育館、ジム、コンピューター学習室、ミーティングルーム、自炊のためのミニスーパーマーケットが完備。居室も清潔で広い。高レベル、中レベルのプログラムを各刑務所で終了したひとが入所するのだが、憧れの場所らしい。見学してみて納得。
高齢者(60歳代)も多く、どうやって社会復帰するのだろうかと思う。ハーフウエイハウスに移る人も多く、実に細かい段階的社会復帰が目指されることを実感。
それにしても寒い。マイナス7度が日中の気温。居住地を見学しながらあまりの寒さと英語アレルギーで疲労困憊。
ホテルに帰って1時間熟睡。夕食はラディソンホテルの前のイタリアンで。
まずくはないが、ビールのアルコール度の低いことが不満。日本も5%を超えたとき(いわゆるドライビールの出現)驚きと共に人気沸騰したのだが、やはり外国に比べると度数は高い。それに慣れてしまったのか、アサヒスーパードライをぐっと一杯やりたくてたまらない。料理はまあまあ。それにしてもなぜパスタが全部くたくたに柔らかいのだろうか。
そうこうしているうちに窓から外を見ると、なんと雪が真横に飛んでいる。外に出ると一面の銀世界!
北海道でしか見たことのない地吹雪が白く道路の上で舞っている。東京では今年は見られないかもしれないので、デジカメでS先生に吹雪で凍えそうな私を撮ってもらう。
ホテルの窓から見えるセントローレンス湖岸は夜目にも白い積雪で覆われている。明朝車で出かけられるのだろうか。心配だ。おそらく気温はマイナス10度を切っている。
24日「雪だから暖かい」
起きればセントローレンス湖岸は一面の雪、といいたいところだが、気温と低湿度と風のせいで、ほとんど積もらずに吹き飛んでしまっている。気温は0度。体感は晴れているより暖かい。「雪だから今日はそれほど冷えない」というのがこのあたりの常識だとか。
午前中はhalf-way-houseの見学。看護学を修めた女性(かつて刑務所副所長だった)が所長。たいへん厳しい状況がよくわかる。25名の入所者が毎日のように脱走、行方不明を繰り返し、時には職員に暴行を働くという。彼らの写真を見ながら「殺人」「レイプ殺人」「性犯罪」「強盗」と淡々と罪状を告げていく所長のことばを聴きながら圧倒された。
10年にわたる長期観察を言い渡された男性はいつも誰かが付き添っていないとまずいらしい。もちろん麻薬犬も常駐。日本では写真公開が問題になっているが、入居者の顔と氏名は警察とマスコミに必ず報告しなければならないことになっている。
昨日もだが、今日の施設も入所者は見るからに犯罪者なのだ。わたしの偏見ではない。カナダでは(おそらくアメリカも)日本よりはるかに外見がそのひとの階層と生活暦を語る。
午後はオタワに戻る途中のオンタリオ州最大の精神病院である、セントローレンスベイ司法精神病棟を訪問。サイコメトリストという職種の若い男性心理職員から懇切ていねいに、ペニス測定の手順を説明される。どんな刺激を与えるかなどなど。日本の法務省と厚生労働省と警察が一体化しなければ(縦割り行政が解消)、こんなことは実現しないだろう。そこでも性犯罪者のプログラムは実施されていた。
雪のハイウエイを一路オタワへ。初雪で今朝だけでオタワ市内は200件の交通事故だったそう。夕食は明日早朝帰国するS先生と臨床心理士二次試験面接予定の男性との慰労会を兼ねて「揚子江」という中華料理店で食事。
到着の日にも行ったのだがなかなかおいしい。ところが他の客(中国人)は全員鍋を食べていた。三枚肉、つみれ、ワンタンみたいなものをスープに入れ、ほうれん草とクレソンをさっと湯通しして食べている。湯豆腐をすくう小さな網みたいなものを器用に使っているのを見てなんだか途中でそれが食べたくなったが、がまん。
それにしても寒い。雪道をタクシーで戻りながら、歳のせいかとも思う。だるまのように着込んでも寒いのだ。
25日「 大失敗!」
珍しく9時半集合なのでのんびり荷物整理をしながら、パスポートを確認したが、どこにもない。寒い寒いと文句を言っていたのに、瞬間的に汗が吹き出す。旅行かばん、ハンドバック、ホテルの隅々を探しても見当たらない。昨日の視察はどこも持ち物が限定され、中にはパスポート提出の刑務所もあったため、バッグからパスポートを出して、ノート・ペンといっしょにコートのポケットに入れて歩いていたのだ。そんな軽微な携帯などしたことがなかったので、たぶんその途中どこかで落としたのかもしれない、と推理した。
いまさら拾いに行くわけにもいかず問い合わせもできず、領事館か大使館に再発行してもらうしかないと腹をくくり、ロビーへ。
保護観察官の男性と法務省のHさんに半べそをかいてそのことを訴えた。Hさんは英語が堪能なのでさっそく大使館に℡してくれた。ところが一番の難点はシカゴ経由にあった。いったんアメリカに入国するのでアメリカ大使館にも届けなければならないとのこと。
青くなって再度バッグを探ったら、ヴィトンの名刺入れの間になんと挟まっていた!
名刺入れが赤なのとパスポートのサイズと色がほとんど重なったためにわからなかったのだ。思わずHさんに抱きついて泣かんばかりの喜びに浸る。
みんなもほっと一息。おまけに時間もアポに間に合う騒動で収束したため、予定変更もなし。めでたしめでたし。
どうもカナダはトラウマがついてまわる。今から15年近く前、モントリオールに学会で行った折(中学校の娘を連れていった)、なぜかホテルを出る際に部屋のゴミ箱に航空チケットを捨ててしまったのだ。そのことに気づいたのが空港に向かうタクシーの中。娘を運転手と荷物とともに空港に待たせ、別のタクシーでホテルにとんぼがえりして部屋を探したら、ちゃーんとゴミ箱にチケットが入っていたのでした、めでたしめでたし。
今だから笑い話になるが、娘はとんだトラウマだったらしく、いつもその話をして私を責めるのだ。不思議なのは娘が中学生なのにちゃんとモントリオールの運転手と英語で話をして40分ばかりを過ごしていたことだ。でもほんとに不安だったろうなあ。このように加害者というものは自分の行為の影響にきわめて鈍感なものなのだ。
今日は保護観察所に行き、性犯罪の地域における支援システムを視察。午後はオタワロイヤルホスピタルの有名なDr John Bradford先生のインタビュー。性犯罪者の薬物療法(投与)の最先端の話を聞く。詳しくは非公開なので書けないが。
夕方わずかの自由時間で買い物。マイナス5度の夕暮れの道路を歩いてホテルに戻る。真冬はスケート場になるので有名な運河はすでに凍り始めている。
夕食はカナダ研修留学中のTさんの案内で日本食店で打ち上げ。
明日は6時半ホテル出発で日本に帰る。とにかく寒くない国に戻れるのがうれしい。





