2005年11月11日
過誤記憶論争
カナダから帰国して以来、小説トリッパーの原稿執筆で連日睡眠が4時間を切っている。
異様な脳の興奮状態だと、睡眠不足でも眠くならないことを発見。おまけに時差ぼけもまったくない。
なんとか書き溜めたものを40枚脱稿、オタワに出発前に校正終了の予定だ。今夜は沖縄で上野さんと対談をするため、お願いしていたフライトのチケット受け取りをかねて久々のジェンコロ。東大本郷の銀杏が緑のまま・・いくらなんでも異様な暖かさだ。
『ケアワークとジェンダー」がテーマで山根純佳さんの発表。
地下鉄で深く眠り込み茗荷谷まで乗り過ごし戻ったため、少し遅刻した。切れのいい上野さんのコメント「それでいったい何が言いたいの?」
ううっ、ズキン!
トリッパーの原稿もそれだった。いったい何が言いたいのかというメッセージがだんだん考えるほどに希薄になっていく、それで考えてまたまた・・。
たえず身近に誰かがいて、わたしのメッセージ性を掻き立ててくれないと『何が言いたい?』のかがわからなくなってしまう。
その点ではわたしは資料としての書物より明らかに他者依存に分類される。だから孤独だと書けないのよ〜(泣)
本日やっと到着した。もうしびれが切れっちまったじゃん!
「アディクションと家族」誌Vol.22,No.3)が一ヶ月以上遅れて完成。
わたしと野口さんと斎藤先生との鼎談が掲載されている。特集のテーマは「記憶戦争をめぐって」とこれまた挑戦的内容。
斉藤先生がこの特集で再び燃え上がったのだろう。このようなエンパワーは間接的には上野さんによるものだし、わたしもサービスしたことになる。
今夜こそたっぷり眠ろうと思うのだが、あと2つ仕事が残っている(ぶつぶつ)。
「街場のアメリカ論」(内田樹)は買っただけで目をとおしていない。文春と新潮(週間)はぜ-んぶ読んだのに。ヨン様の光と影の特集は読みで十分(新潮)、なんと3週間も日本に滞在してたんだって。絶対誰かいっしょだと思うんだけど・・。





