2005年11月08日
バンクーバー滞在報告一挙大公開
ただいま!
皮肉なことに帰国の朝珍しくバンクーバーの空は晴れ渡り、気温も少し暖かい。昨日刺された腕は赤く腫れあがり、おかしな病気ではないと思うが、かゆい。
帰国後もずっとぽりぽりと掻いている。
疲れているのに、たまった原稿を仕上げなければ。
明日は家裁で午後講義だし・・
休む暇がないとはこのことだ(とほほ)
向こうでがんばって書いた記録を公開するので、わたしの大活躍(というか妹尾先生のセッティングの妙)を汲み取っていただきたいなあ。
10月31日
朝8時半バンクーバー着、到着の日しかフリーデイはないので、眠い中をがんばって午後からキャピラノ吊り橋(世界最長?)とケーブルでグラスマウンテンスキー場を訪れた。
とにかく寒い、それに雨がずっと降っている。気温は3度くらいか。
同行の妹尾先生がすべてコンダクターとして仕切ってくださるので、まるで王侯貴族のようなもの。言われるがまま、ついていけばいいのである。
小規模のワゴン車のツアー「半日コース」だけど、車の中で爆睡。
夕食はいつもの「キリン」という中華レストラン。
そこのミル貝のしゃぶしゃぶが絶品。中国系カナディアンの一族が50人くらい集まって食事をしている。中華料理の原点を見た思い。
香港返還の際、香港マネーの多くがバンクーバーに集結しており、一等地にいくつもの超高層ビルが彼らの投資で建設中だとか。
ホテルでインターネットに接続、重いパソコンを持ってきただけある。なんとなく仕事ができるおばさんといった感じ。
明日からが本番、今夜は早く眠ろう。
JAL便だったのに、定員オーバーでチケット販売してたらしく、2時間後のCAに乗り換えてくれないか、と申し出。とんでもない、と断固拒んだらなんとビジネスクラスに変更。
おかげで超快適、映画見放題。宇宙戦争(トムクルーズ)と念願の「恋する神父」(クオンサンウ主演)を見てしまった。人気の秘密がわかる。馬鹿にしていたがけっこう感動もの。
食事は内閣府でカナダ出張のビジネスクラスのときより、同じJALなのに少々味が落ちた気がするのは、度重なる事故による不信感のせいだけだろうか。
11月1日
寒い、寒い。
今日は朝8時半のスカイトレインといういわば郊外電車に乗って、ニューウエストミンスターで高野先生と待ち合わせ。車窓から見える都心から郊外への風景はヨーロッパとも異なるおおらかさに満ちている。針葉樹の間に色とりどりの紅葉が点在している。雨の中、パリ郊外ほどの移民の葛藤と退廃もなく、自然は厳しく保護されている。
その後高速に乗り、車でカナダ連邦刑務所へ。
ゼンダーカッツ先生と2月以来の再会。
その後性犯罪者向けプログラム実施者(刑務所内、地域のメインテナンスプログラム実施者、保護観察官との連携者などなど)6人と3時間にわたりインタビュー。1980年代中盤からのプログラムの実績をいろいろな視点から聞かせていただく。
詳細は疲れていて省略するが、認知行動療法とグループサイコセラピーの学習が欠かせないことを強調される。日本ではいずれもがまだまだ心理臨床家の傍流であることを思う。
なにしろ性犯罪者プログラムは「心理職」の独占なのだ!
その後バンクーバーにとって返して、州レベルの保護監察官の実施しているメインテナンスプロのインタビューを1時間。
男性のファシリテーターが少ないことが悩みらしい。性犯罪プロは女性のほうが志望者が多いとのこと。私自身を考えても納得。妹尾先生は「DV加害者、性犯罪者、とやることになると、男性として立場がなくなる・・・」と。そんなこといわずにがんばりましょう、妹尾先生!
ディスクロージャーといってグループカウンセリングの最初にはまず犯歴をあらいざらい話すことから始めるのだそうだ。おもわず自分の性犯罪暦を語りながら泣いてしまう男性も珍しくない、とのこと。ところによっては調書を読まされるところもあるらしい(アメリカ)。でもBC州では自己申告の「開示」だ。
その後日本食店でお決まりのカナディアンロールを食べ、ロブスターのお味噌汁で少し温まる。
前回も思ったが、5度の気温なのに、なんで半そで半ズボンのひとがいるのだろう。いかに暖かい生活に慣れているのか、と実感。カナダ連邦レベルで実施されている省エネに違いない、あらゆるところが寒いのだ。
明日は5時半起き。
11月2日
朝5時半起き、バスでフェリー乗り場まで。
9時発のヴィクトリア行きのフェリーに乗船。昨日以来ベーグルに凝っている。特にオニオンベーグルがグー。ヨーグルトとベーグルで朝食。
途中の光景は相変わらず夢のように美しい。静かな海面、無数の島々が点在し、かもめが飛び交い、島にはいろとりどりの屋根の住宅が自家用の小船を係留させている。
港までハミルトン先生が出迎えてくださる。
ビクトリア一番の格調を誇るホテルエンプレスまで先生の運転で。道路の脇の木々はバンクーバーより少し気温が高いせいか紅葉が美しい。
通訳をお願いしたのはビクトリア大学のありささんだ。
先生のオフィスでインタビュー。ジェーン先生のお友達という縁で実現できた会見だ。
最大の特徴は、ファシリテーターにDV加害者の回復者を起用していることだ。二人の当事者もインタビューに加わってくださった。さらに女性ファシリテーターもDV被害者(元警察官)で、その後大学院に入りなおしたという経歴をもつ。
ハミルトン先生の方法は実に柔軟でありながら、被害者支援という視点からぶれないというタフさをもっている。彼ら当事者は時に自己開示しながら運営にたずさわるという。
potential(潜在力)ということばを多様している。当事者男性が参加を決意したのは、彼らが尊重される雰囲気だったこと、そしていっぽう暴力的であることが変わりうると信じられたことと語った。
日本でいわれる「抑圧」でなく、彼らが変化できることの喜びと希望こそが大切であるという表現に、わたしはこのところの諸々の経験からいたく感動した。変化を強いられることは現在の自分を否定されるとすれば抑圧だろう。でも今の自分から変われること、そのことでパートナーとの関係もよくなるかもしれないとしたら、それはむしろ勇気付けられることである。そして目の前にそのようなロールモデルが存在するとしたら。
10年経たないと回復とはいえない、とすれば日本ではわたしが元気なうちは間に合わないことになる・・(泣)
アルコール依存症と薬物依存症と同様、リカバードの登用は冒険的ではあるが示唆に富んでいる。
夜は先生のお宅にディナーにご招待。
浮世絵のコレクターでもある先生の家は日本風の装飾でなんと靴を脱いでの生活だった。
定年退職された元大学教授のご主人と悠々自適の生活。巨大なキャンピングカーを駆使してカナダやアメリカを年に半分は走り回っているとのこと。
料理も得意で日本酒の白鶴を愛飲。年金はスライド制で物価が上昇すればあがるとのこと。かつてそのような退職後の生活を満喫した男性が日本にいるだろうか。
妹尾先生がERAの発表の練習をして皆さんが聞いてくださった。発音がいい、とのこと。ちょっとお世辞かも。
生活の豊かさとは何か、金銭を使う優先順位とは何かを深く考えさせられた。バンクーバーでヴィトンを買ってしまったわたしとしては忸怩たる思い。
デザートのアップルパイは青りんごを用いるとかで、それほど甘くなく美味だった。
11月3日
目が覚めるとまるで台風のような風の音がエンプレスホテルの窓を揺すっていた。めずらしく午前中は空いていたので、突風の中を突いてカフェでベーグルを食べ、その後BC州立博物館を一周した。イギリスがどのようにして先住民を駆逐したのか、アボリジニの住む鮭と毛皮の大陸を資本主義化していく過程が視覚的に明らかになるように陳列されている。マンモスの模型など実物大だし、鮭をさばいて缶につめる作業の模型など、生臭いににおいが漂ってくるようだ。その後州立議事堂を見学。エリザベス女王の似顔絵のあまりの多さに辟易。前回トロントを訪れたときがちょうどチャールズ皇太子がカミラ夫人と再婚するときで、いっせいに新聞が一面トップで扱っていたことを思い出す。宗主国の名残の深さだ。ホテルの前の湾は灰色で空も灰色。前回来たときは抜けるような明るさに驚いたものだが、観光シーズンの絶頂期だったからだ。
昼食は開業のアディクション相談機関のディレクター女性とインタビュー。その後オフィスへ。
かなりのスペースを使って補助金によって運営されている。アディクションに加え、BPDのグループカウンセリングなどもある。ほとんどがMotivation Interviewingを用いている。12ステップにもとずく底つき理論は1980年代の終わりで駆逐されている。とにかくドロップアウトしないように丁寧にかかわっていくという。
昨日もそうだが、「わたしたちはプロである」とのことば。当事者に学びつつもプロとしての技法を習得することの強調だ。スタッフのうち2名は当事者カウンセラーであるが、必ず修士号を獲得することを求めているとのことだった。
夕方のフェリーでバンクーバーへ。
偶然昨晩ハミルトン先生のおたくでいっしょだったジェームズさんといっしょ。彼はビクトリアの30年のソーバーを誇るAAメンバーであり、NAの創立者でもあるという。今は開業しているらしい。
やはり英語は疲れる。フェリー、バスとずっと眠りっぱなし。夕食は妹尾先生と「Diva」というフォーシーズンズホテル前のレストランで食事。バンクーバーでもトップクラスのレストラン。なんだか日本のレストランと似ていて、暗い照明、黒のエプロンと黒のシャツ、ギャルソンがこの上ないイケメンばかりなのだ。盛り付けの妙はバンクーバーの「料理の鉄人」といわれるシェフの腕。
11月4日
ERAの会議第一日目。
DV加害者プログラムにに関しての研究では第一人者であるProf,Gondorofのレクチャーがオープニング。しかし半分しかわからなかったのは残念だ。あいさつをして最新のペーパーの別刷りをいただく。できる学者ってあんな感じなんだろうか。
午後はわたしと妹尾先生の発表。質問はやはりカルチャーの違いに集中したのは予想通り。ジェーン先生とステファナキス先生がとても気をつかってくださった。終了後かなり疲れていたのだろうか、チーズとワインのパーティー終了後ホテルに帰り、そのまま11時間ぶっ通しで眠る。
11月5日
今日は高野先生の発表。日本からカナダに移住したDV被害者女性のインタビューを質的分析したものを発表。
LGMTBのDVについてマニトバ大学の女性学の先生が発表。いかにDVが政治的パワーのもとで発生するかを自覚。
6時からカッツ先生ご夫妻とステファナキス先生たわたしたちを招待してくださった。伝統的カナダ料理の店に行くと、カッツ先生の長男夫妻がすでにいらっしゃっており、紹介される。ガンの研究でカナダ厚生省から表彰されたとのこと。とても美しいご夫妻(といっても27歳)である。滞在最終日をしめくくるにふさわしい思い出深いひとときだった。
ホテルに帰ると荷物の詰め替え。
オフシーズンだったので、トップクラスのホテルも破格の値段で泊まることができた。ずっと寒かったのだが、着替えようと思って右腕をみるとひじのあたりに5箇所赤い発疹が。おそらくダニに刺されたのではないか。ヘンな置き土産だと思いながら最終のメールチェック。海外でこのようにメールチェックをするのはデキる女性になったみたいだけど、いかにも気ぜわしいのも事実。
バンクーバーは食べ物がおいしいので長期でもそれほど苦でもない。でもなによりもっとヒアリングができなければ・・
DV加害者プログラムに関しては20年のスロースターターである。しかし明治以降ずっと日本は先進国をあっというまに模倣してきたのだから、このプログラムもきっとそうなるだろう。それも日本のテイストを施して。
被害者支援員とメンズリブとの対立はいまだにBC州でも残っているらしいが、それは一部のことであり、いまや加害者プログラムのレベルアップこそが望まれている。
日本は今後どうなるのだろうか。猪口新大臣に期待したい。





