2005年10月23日
仙台日帰り
第16回日本嗜癖行動学会、最終日一般公開シンポ「家庭内の暴力ーこの10年をふりかえるー」のコーディネーターを引き受けたため、朝7時20分の「こまち」で仙台入り。
昨日はべてるの向谷地さんがシンポ企画者の鈴木俊博さんとトークセッションをしたらしい、会えなくて残念!。
DVも虐待も制度化(不十分とはいえ)されてからは、虐待系、DV系(加害者系、被害者系)、アディクション業界系と分化が進み、相互交流はあまりないのが現状だ。ないどころか、けっこう対立もあったりして。
今回のシンポは平川和子さん、坂上香さん、福井和恵さんというシンポジストの人選の妙も影響して、カオス的調和(矛盾するが)を感じさせるものだった。そう、10年前に「逃げる人、殴る人」というテーマで、同じ仙台で学会が開かれたのだったねえ、そのときもこんなカオスだったよねえ、という感懐を抱かされる。
そして、たしかあの青葉通り(定禅寺通り?)のケヤキ並木に面した喫茶店で、わたしは西山明さんと対談を録音したっけ・・10年前の6月だった。その内容は「アダルト・チルドレン」に収録されたのだった。そして今西山さんはすでにこの世を去った。
妙に生暖かい曇天の秋の空を見上げて、あのとき10年後をこのように想像したのだろうか、と思った。
午後は斎藤先生の記念講演「被害者と加害者の物語」。
久々に最後まで通して聞く(いったい何年ぶりだろう)。ぜんぜん髪が減ってないじゃん、白髪もないじゃん、なんてケチをつけながら途中で少し眠ったが、いやあ、けっこう面白かった。
多くの男性学研究者からは「男権主義的斎藤」をガンガン批判してくれ、と言われたりするんだけど、やっぱ性的虐待をめぐる日本の現状にかなり怒っている彼を目の当たりにすると、それでも主張はまともだよね、と言う気になる。
たぶん「アディクションと家族」誌の鼎談でみそぎというか手打ちが終わったせいもあるのか、それともわたしが成長したのか、あの10年前の今頃の愁嘆場は歳月が風化させてくれた気もしている。
家族の根幹のタブー近親姦をめぐるバックラッシュと「残りの人生、闘い続けるんだ!」との闘争宣言で締めくくられた講演だったが、しり上がりにボルテージが上がっていく。彼の講演は怒りに比例して面白くなるのは否めない。
今後彼ら(宮崎哲哉など)のターゲットは全部僕になるだろう、だって。そ、それから「僕と信田さんだろうね、矢面に立たされるのは」だって(汗)。
論座の「記憶を裁くのは誰か」というわたしの文を、斉藤先生はとても高く評価してくれており、鼎談もあってか、いつの間にかわたしは斉藤先生にとって共同戦線を組む存在と化していたのである。
加害者プログラムのこともあり、性犯罪のこともあり、共依存のこともあり、10周年のこともあり、カナダ行きのこともあり・・・とにかく何がなんだかわからない、それこそカオスのような頭を抱えているが、軸にあるのは最後までタブーとされた性被害の女性(男性)のことである。
やっべー、というのはヨチヨチ歩きの男の子が最初に口に出すジェンダーに彩られた言葉である。まねしよう、「超やっべー!」
帰りに出口でまた斎藤先生とばったり。
「いっしょにがんばろう」だって・・(汗)、「これからさあ、秘書とCSPPの卒業生と温泉行くんだけど、あなたも行かない?」
「まっさかあ、わたしが先生といっしょに温泉入るんですか?!」
そう笑いながらわたしは仙台市民会館からタクシーに乗って仙台駅に向かったのだった。





