2005年07月20日
あたりーっ!
久々の休日、おまけに3連休!
体調を戻さなくては、原稿を書かなくては、と思いつつついつい観てしまった2本の映画についてコメント。
「スターウオーズーシスの復讐ー」
実はとてつもなくミーハーな私は、大型エンタテイメントと名のつく映画はほとんどロードショーで観てしまうのだ。スターウオーズ(SW)も第一作からほぼ大画面で見てきた。長男が3歳のころ、なぜか池袋のサンシャイン劇場までつれて見に行ったのだが、あまりの迫力のせいか途中で息子が泣き出してしまい、ほうほうの体で劇場を退出したことを思い出した。
寝物語にSWの絵本を読んでやったせいか、R2D2とかC3PO,オビワン・ケノービ、ヨーダなどは深く深く刻み込まれたキャラだ。
本作はおそらく全シリーズで最高の出来だ。2時間半があっという間に過ぎ、ドラマ性もCGの完成度も文句なしだ。
指輪物語もなんとロードショーで見たのだが(告白)、あまりのCGの稚拙さと原作に比べたキャラの浅薄さに辟易して途中で映画館を出てしまった。ハリーポッターも第一作をロードショーで観たが、75点というところだ。魔法使いをCGという魔法で描くというのは一種の自己撞着でもあり、あ、そう、という感じだけが残る。
今回のSWは、わたしより2歳年上のジョージルーカスの28年にわたる長大な構想の完結となる作品だ。手塚治虫の『火の鳥』と似ているが、未来が描かれ、その後に過去が描かれるという物語の手法をとっている。息子の物語、そして父の物語という順である。なんともいえない黒ずくめのダースベーダーの衣装、あのシューホーという息の音(なんどまねをしたことだろう)の秘密が明かされる。オビワンとの決別がなぜ起きたのか、そしてダークサイドにアナキンが惹かれていく動機が。
愛するものを救うため→そのためには途方もない力が必要→力への眩惑→あらゆるものへの執着の発生→暗黒界へ滑り落ちる、とまあこんなプロセスを経るのだが。
シリーズをとおしておそらく最高の完成度を誇ると思われるが、何よりあのダースベーダーのマスクをかぶる場面が戦慄するほどの興奮をもたらす。
父の物語と息子の物語の相似性も面白い。結局パパと同じ道をたどるのね、というかパパは息子と同じ道をたどっていきてきたんだよ、というか。パンフも800円だが、なかなか読み出があって、安いほどだ。満足、満足・・
「Dearフランキー」
久々に東急のBunkamuraまで足を伸ばす。
DVの映画と何かの映評に書かれていたのが第一の理由、もう一つの理由は過去ログで絶賛したあの『オペラ座の怪人』の怪人役のジェラルド・バトラーが主演だということ。
不覚にも(というか珍しく)泣いてしまった・・
あまり映画を観て涙することはない私にしてすら、思わず泣いた場面がいくつもあった。周囲ではみんなグスグスとハンカチを出している。
監督、脚本、原作すべて女性による映画であることも影響しているだろう。
あらすじだけを聞けば、実に通俗的なお涙ちょうだいの映画として制作することもできただろうが、本作は違う。
実によく練られた脚本によって、最後のどんでん返しを迎えることになる。それにしてもパンフの解説でその転換について述べられたものはない。あの映画は巧妙に二度観なければだめだ、と要求している。それまでは主人公の女性(DV被害者で夫から逃げ回っている)の視線で見る映画が、いっきに子どもの視線へと変換される。できればもういちど観たいのだが、おそらく2度目は子どもの視点から見られることで、まったく別の感動が得られるはずだ。
抑制された描き方によって、時計の針が一周したところで深い人間への信頼を感じることができる。疑いと傷つきと恐怖をすべて経験した上での、オプティミズムが底に流れている。
それにしてもDV加害者の描き方、うまいなあ。瀕死の床にあっても、結局変わらないというDVを知り尽くした冷徹さも、いっそうオプティミズムを掻き立てる舞台装置になっている。それもすごい。
アダルト・チルドレンのグループを担当していて感じることを、あの映画はちゃんと描いている。こどもはすべてを知っているってことを。知りつつ、知らないふりを続けるのは、自分を支えてくれている母を支えるためなのよー。
以外と観客は少なかったが、もっともっと見られるべき作品だ、ほんと、泣けまっせ!
バトラーもよかったが、やはり脚本・原作・監督の女性たちの偉大さ(決して画面には登場しないけど)にはかないまへんわ。
映画は最近はずれが多いので(たとえばロシア映画の「父帰る」とか、「BON VOYAGE」仏映画とか)おそるおそるだったが、この2作はあったりー!
それにしてもBunkamuraのコンセプトはなかなかのもんだね、完成してもうずいぶん経つけど改めて実感。
美術館、劇場、ハイソなデパート、中庭、カフェ、そして高踏的姿勢の映画館、観終わってそのままエスカレーターを上ればそこには超高級レストランがさりげないたたずまいで出店しているという仕掛け。
まさに文化村であーる。





